dear dear

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「言えるようになったら言う」
 クレスツェンツは項垂れながらこぼした。
 心配してくれる友人に打ち明けられない申し訳なさと、もし打ち明けたら、彼はどんな顔をするだろうという不安が入り交じり、とてもアヒムを納得させる表情を浮かべることが出来そうにない。
 友人が深い溜息をつくのが聞こえ、クレスツェンツは肩を強ばらせる。せっかく気にかけてくれたのに、やはりこんな返事ではいい気分ではないだろう――そう思い唇を噛んだ彼女の前に、すっと薬草の箱が差し出された。
「じゃあ待ちますので、泣いて走り去るのはやめてくださいね。上の棚の補充は僕がします。クレスツェンツ様はあっちの下段三列を」
 呆れたように眉尻を下げながらも、アヒムはそう言って笑ってくれた。薬のよい香りがする箱を受け取り、クレスツェンツはぱちくりと瞬く。
 それ以上は何も訊かず、言わず、アヒムはクレスツェンツが届かない場所からいくつも箱を取り出して、さきほど商人が運び入れていった薬草の袋と箱のラベルを確認しつつ、中身を補充する作業に戻る。
「うん」
 その背中を見ながら、クレスツェンツは言いようのない安堵感に包まれた。
 ああ、彼は信じて待ってくれるのだなと。
 婚約の話が具体的に進めば、少しの間ここから足が遠のくかも知れない。でも、また必ず施療院へ戻ってくる。そのときもこの友人は待っていてくれるだろう。
 クレスツェンツはアヒムの背中に小さく笑いかけ、任された箱を持って、何十種類もの薬草の袋が占拠する机に移った。アヒムと同じように箱に貼られたラベルの薬草名を確認し、居並ぶ麻袋の札と照らし合わせて同じ薬草を探す。
 クレスツェンツは、幼い頃から薬の混じり合った匂いが好きだった。直截かいだら気絶しそうなほどの刺激臭がある薬草もあるのに、数百というそれらが混じり合うととても優しく、空気を清めるような香りに変わる。そのせいか調合室に入ると気持ちが落ち着いた。
 薬草の感触をじっくり味わうように、丁寧に麻袋の中からすくい上げ、箱の中へと移していく。
 この薬が、病で苦しむ人の助けになりますように。わたしのこの手が、少しでもそれに役立っていますように。

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