dear dear

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 しかし、クレスツェンツは伝えに行ったのだ。自分たちの思いを。
 アヒムがそれでいいのだと言ってくれたおかげで少しは自信が出た。兄の冷ややかな態度にはつい気圧されそうになっているが。
「来月、陛下がグレディ大教会堂へ行幸なさる」
「はい?」
「という名目で施療院へいらっしゃる」
「はい?」
 どうして? と首を傾げかけたクレスツェンツだが、兄が答えを叫ぶのと同時に気がついた。
「わたくしがお願いしたからですか!?」
「お前がお願いしたからだよ!」
「嘘です!!」
「私も嘘であって欲しいさ!!」
 車輪の音にも負けない叫び声は馭者の耳にも届いてしまったらしい。何ごとかと問う声が聞こえてきた。兄妹は優美な口調でなんでもないと口をそろえる。
「本当に、陛下はそうおっしゃっているのですか?」
「期待するんじゃない。見に行くとおっしゃっているだけだ」
「でもいらして下さると?」
「行くだけだ」
「ではその際のもてなしはぜひわたくしが」
「馬鹿を言うんじゃない、それは坊主たちの仕事だよ」
 肩を突き放されあえなく身体を起こしたクレスツェンツだったが、その瞳は満足げに輝いている。
 てっきりご不興を買ったと思っていたのに。やはりあの方は目に見える愛想を振りまくのが苦手なだけで、温かい情の持ち主なのだ。
 そしてアヒムの言う通りである。本音を隠さず伝えるのは大事だ。
「にやにやしない」
 テオバルトは心底面白くないようだった。うっとりする妹の膝を叩いてくるほどだ。クレスツェンツが調子に乗ると思っているのだろう。
 実際、乗る。乗ってやろうと思っている。王が大教会堂へ行幸なさる日には、なんとしても屋敷を抜け出して施療院へ駆けつけねば。

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