15
やっとお話出来る好機だ。何から言おう――どうしたら自分たちの願いを伝えられるだろう。
よく考えてから言わなくては、王には次の予定があるだろうから長く引き留めることは出来ない。
そう思ったものの、口うるさい兄が戻って来たのが視界の端に見えた。内心舌打ちし、まどろっこしい計算はひと思いに頭の隅へと追いやる。
「一度、施療院へおいで下さい」
兄があんぐりと口を開けているのが見える。そして慌ててこちらへやって来るので、あれに邪魔されないうちにとクレスツェンツは畳みかけた。
「僧医たちの働く姿をご覧下さい。そうすれば彼らの知識や技術がいかに有益か、お分かりいただけるはず」
澄んだ明るい緑の瞳は、やはり感情を見せてくれなかった。クレスツェンツの言葉に興味を持ったのか、驚いているのか、見つめ返されるだけでは分からない。
けれど決して冷ややかではない王の眼差し。
まだ王位について五年と経っていないが、彼の政事は法規に基づく厳正なものである一方、弱者への細やかな情に溢れていることをクレスツェンツは知っていた。だから期待した。
しかし、
出しゃばりな妹を黙らせようと駆け寄ってきたテオバルトを片手で制し、王は身体ごとクレスツェンツに向き直る。
ナタリエもオーラフも思わず左右へ退いてしまうほど、彼のまとう空気がしんと冷えた気がした。
瞬きひとつで回想の海から戻り、クレスツェンツは窓枠に額を押しつけながら溜息をつく。
隣に座っていたナタリエが慰めるように肘で小突いてきた。クレスツェンツは曖昧な笑みでそれに応え、やはり溜息をついた。
「わたくしがこの話をだめにしてしまったのではないでしょうか……」
「まさか。陛下がああいう返答をなさることは予想できていましたよ」
「でも、それを口にされない限りは交渉の余地があったのに」
- 30 -