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 医薬の勉強をしようかと思ったこともある。しかし自分には合っていない気がしたし、あまり得意でもなかった。
 やがて王家から次の王妃の座を打診され、結局医官を目指すわけにはいかなくなった。
 嫁ぎ先はたまたま王家に決まったが、王家でないにしろ、いずれ自分が他家に嫁ぐことは分かっていた。
 ゆえに自分自身の力で何かを成し遂げようと心の底から思ったことがなかった。
 だから、今になって自分にも何か出来るかも知れない、けれどそれがなんなのか分からないと悩む羽目になっている。
 エルナの葬儀のあと、クレスツェンツはあまり出歩かずに大人しく姫君業に専念していた。
 毎朝グレディ大教会堂へ行き、集合礼拝に参加したあとは真っ直ぐ屋敷に帰ってレースを編む練習をしたり王家の歴史についての本を読みあさったり。
 やがて王妃になるために必要な技術と知識を頭に詰め込んだ。
 それももう三日目だ。まだ三日だが、嫌になった。
 やはりこうして椅子に座り、黙々と作業や勉強をしているのは自分の性に合わない。
 何より退屈で苦痛だったのは、屋敷にいては話し相手が侍女くらいしかいないことだった。
 兄は登城して国王に仕える身だし、父母は王都を留守にしている。ほかに兄弟はおらず、使用人たちを除けばクレスツェンツは屋敷に一人だった。
 施療院へ行けば誰とでも話が出来るのに。僧侶たちに、手伝いをしにくる近所の人々、患者たち。クレスツェンツは彼らとする他愛のない会話が大好きだ。
 明日こそは施療院へ行こう。
 そう決意した彼女のもとにソロンが封書を持ってやって来た。
「先日おっしゃっていた、王立大学院の入学者について調べて参りました」
「ああ、そういえばそんなことを頼んでいたな」
 ちょっとばかり嫌な記憶だ。
 クレスツェンツが屋敷にこもっているのは、少年や兄に言われた言葉の棘が胸に刺さっていたからでもある。
 勉強を切り上げお茶を用意させることにして、クレスツェンツは机から離れる。
 そうしてテーブルに置かれた封書を開けると、中から出てきた二枚の紙を立ったまま眺めた。
 あの日、冷たい言葉を投げかけて去る少年を呆然と見送ったあと、頭にきたクレスツェンツはオーラフに詰め寄った。

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