dear dear

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 城下へ連れ出すことさえ叶えば、その脚で施療院に立ち寄り、ユニカをオーラフに紹介することが出来るのだが……。
 ユニカもクレスツェンツに何か思惑があることに気づいているのだろう。外界への警戒心もあいまって、ユニカは決して「諾(うん)」とは言わない。
 いっそ、施療院の視察に付き合って欲しいと正直に言うべきだろうか?
 五年前の疫病騒ぎで各地の施療院は連携を強め、特に王国南部にはナタリエをはじめとする数名の医官を派遣するまでに関係が深くなっている。ペシラの施療院からも医官と交換で僧医を招き、アマリア施療院で修行と研究の機会を提供するに至った。
 この動きをもっと多方面に広めたい。
 国庫から出す予算も増やし、それだけではまかなえない、教会から独立させるための財源もどうにかして用意せねば。
 そして治療だけでなく、病の予防≠ニいう考え方を見直したかった。
 どうして病が発生するのか、伝染るのか。原因はそれぞれにあるが、人々が病に罹らないようにする手立てを研究することは、治す≠アと以上に人々のためになるはずだ。
 これも様々な疫病の流行に対応してきて、クレスツェンツが思ったことだった。
 やることが……やりたいことがたくさんありすぎて気が遠くなりそうだ。実際、少し遠くなった。
 顔を上げたとたんに目眩を覚えて、クレスツェンツは立ち上がるのをやめる。
 クレスツェンツや、オーラフやナタリエ、そしてアヒムが思い描いた理想を全部実現するためには、きっと百年のときがかかるだろう。
 クレスツェンツや仲間の夢で終わらせないためには、それを受け継ぐ者が必要だった。
 机に頬杖をつき、読み終えた手紙の山を意味もなくぱらぱらとめくる。
 クレスツェンツに共感し、協力してくれる人々からの手紙。あるいは王子をひとりしかもうけられていないことを理由に、政治に口を出しすぎだと彼女を批難する臣下からの手紙。
 いろいろだが、今は中身などどうでもいい。
 ――ユニカではだめだろうか。
 アヒムの代わりに、クレスツェンツを見守ってはくれないだろうか。そして隣を歩いてくれたら。彼女がクレスツェンツの先の数十年、施療院の成長を支えると言ってくれたら。
 ユニカになら出来ると、王妃としてのクレスツェンツは確信していた。
 あの子は豊かな感性を持っているし、自分の悲しみも、人の悲しみも知っている。
 でも、だからこそ恐れている。

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