dear dear

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 自分が故郷を灼き滅ぼし、そこに生きていた人々の生を奪った罪を。
 ユニカが招いた神々の槍で、村がひとつ塵芥と化したこと。そして彼女が万病を癒やす血を持っていること。どこからともなく流れ出したその噂は、今や王城の誰もが知っていた。
 本当は何があったのか。
 ユニカは、クレスツェンツにもエリーアスにも話してはくれなかった。
 それが、あの噂に真相が混じっていることを裏付ける態度であると気づいても、クレスツェンツ自身の目と耳で確かめたわけではないのだから、真実だとは信じない。
 それに何があったにせよ、ユニカはあの疫病に追い込まれた小さな子どもだ。もっと早く彼女らを救うことが出来なかった為政者たるクレスツェンツたちにこそ否があるのだ。
 だから自分を責めずに、前を見て欲しいと思う。奪ってしまったものがあるなら、代わりに誰かを救いあげて欲しい。
 そのためにも自分の跡を継いでくれ、なんていう主張はずいぶんずるいとも思うのだが、それが王妃としてのクレスツェンツの本音なのだから、仕方がない。
「王妃さま、少しお休みになって下さい」
 午(ひる)からずっと難しい顔で机に向かっていた主を案じ、侍女が替えのお茶を運んできた。
 侍女はユニカと同じ年頃の、まだ少女といってもいい若さだ。けれど王子を産む前からクレスツェンツの傍に仕えてくれているので、彼女とは結構長い付き合いがある。
「ありがとうエリュゼ。しかしお茶はいいよ。これも下げてくれ」
 その若さですでに口うるさいところがあるエリュゼは、ひとつも減っていないカップの中身を確かめて心配そうに眉根を寄せた。
「お飲みにならないのですか?」
「……せっかく淹れてくれたのにすまないな。代わりにと言ってはなんだが、お遣いを頼むよ。寝室に置いてきたを拡大鏡(ルーペ)をとってきてくれないか」
 エリュゼは不満そうに眉根を寄せながらも、「かしこまりました」と頷いてカップを持って行ってくれた。
 しかし今までカップがあった場所には、なぜか糖蜜で煮た栗のお菓子が置いてある。
 何がなんでも王妃の手を休めさせたいのだろう。仕事漬けな主が書類とペンから手を放すためにはお茶とおやつを定期的に差し出すのがよい、という作戦だろうか。
 クレスツェンツは去って行った侍女の背中を苦笑で見送り、ついでお菓子の載った皿をそっと机の隅に避ける。

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