天槍アネクドート
冷たい夢の続き(3)
[しおりをはさむ]



 キルルは悔しげに顔を歪めたまま黙るばかりだ。アヒムはしばらく待ったが、彼女が口を開く気配がないので、その肩をそっと押し返し、腹部に響く痛みを堪えながら起き上がった。
「待って! 連れてくるから、無理に動いちゃ駄目よ。まだ熱があるし、痛むんでしょう?」
 凪の海のように静かで無表情な目をしたアヒムに見つめられ、キルルはそれを振り切るように部屋を出て行った。
 一人になったアヒムは、のろのろとした動作でベッドの側にあった水差しに手を伸ばした。コップに水を注ぐ手が震える。熱の所為でこれくらいの力すら出ないのか。水差しを置いて、コップを持ったまま震える自分の手を押さえつけた。
 震えるのは、力が入らないからではない。恐いのだ。
 ユニカは、神に許しを請うてこの世に留めて貰った命だ。アヒムはそう思っていた。
 自分のすることが間違っていないなら、ユニカのことは力を尽くして守るから、だからまだ、天へ召さないよう。
 天秤で、慎重に、大量の薬を量りながら、気がつけばそう呟いている。
 あの日々の、薬匙を震えながら握っていた感覚は、まだ恐ろしいほど生々しく記憶に残っていた。
 自分の過ちで人が死ぬかも知れない。その恐れは、医者として一人前になったことを認められた今でもある。だから絶えず学んだのだ。薬の種類を、使い方を、手当の方法を、病の進み方、症状や特徴を、過つことが無いように。自信を持って、人を助けられるように。
 でも、ユニカを引き取った時の、あの恐れは、そういう努力では解消できないものだった。
 医者としてではない、人としての判断を、問われた。
 奪う代わりに与える。そう決めたのに、今でもずっと恐いままだ。
 自分はユニカを不幸にしたのではないだろうか。辛い日々の思い出から抜け出せないでいたユニカから、その思い出を奪うという決断は、あの判断は、本当に間違っていなかったのか。
 ユニカが笑っていてくれる事が、その不安を打ち消してくれる。彼女の不安や悲しみを取り除く事が、アヒムにとっても幸福のもとだ。
 そのためには、ユニカに何をどこから、どこまで話せばいいのだろう。
 水を飲み干し、大きく息を吐くと、アヒムは真っ直ぐに前を見据えた。
(ユニカが知りたいと思うことは、全部だ。あの子が選ぶものを、私も一緒に選ぶ)
 人に寄り添うことの困難さ、けれどその素晴らしいことを教えてくれた女性は、いつでもそうせよと周りのものに諭していた。その声が耳の奥に甦り、アヒムは心を決める。
 着替えて、もう元気になったことをユニカに伝えよう。そう思って、彼は重い身体を押してベッドから立ち上がった。
 ふらつくのを堪えながら衣装棚に手をかけたとき、複数の足音が慌ただしくやってくるのが聞こえて振り返る。
「アヒム!!」
 思いの外勢いよくドアが開いて、入ってきたのは息を切らした村長だった。彼に続いてキルル、そして彼女に支えられてやって来たのは、

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