天槍アネクドート
冷たい夢の続き(1)
[しおりをはさむ]



 喉が渇いた。
 そう思ってアヒムは目を開けた。
 薄暗い、見慣れた天井。昼間らしいが、カーテンが引いてある。
 どうして昼間から寝ているのだろうと、アヒムはぼんやり考えた。
 身体が重く、自分の息がひどく熱いのが分かる。体調を崩していたのだったろうか。熱を出すなんて、都にいる時、患者から熱病をうつされて以来だ。
 あの時は疲労に構わず病人を見て回り、自分の身体が病に克てなくなって倒れてしまった。色々な人に心配や迷惑をかけたし、医者のくせにと散々言われたものだから、二度と仕事中に病をうつされるような失態は晒すまいと気をつけていたはずだが。
 風邪を引いたのなら、ユニカにうつさないようにしなくては。尤も、気をつけるまでもなく彼女にうつるはずもないのだけど。
 ユニカを普通の子供として扱うなら、感冒は人から人にうつるのだということ、どうやって感染を防ぐのかということは、形だけでも教えておかなくてはいけない。
 ああとにかく、汗をかいているから喉が渇く。水を。
 アヒムは身体を捩りながら起き上がろうとしたが、腹部にじわりと鈍い痛みが広がったために動けなくなる。
 何の痛みだろう。痛むのは臓腑ではない、外から打ち付けた後のような……。
 分析しかかるとますます分からない。熱もあって頭がだるく、結局起き上がるのを諦める。
(もう少し、寝てから……)
 目を瞑ると同時に、部屋に誰かが入ってきた。ぼうっとしたまま首を動かし、入ってきた人物を確かめる。おおよそユニカか、
「キルル……」
 自分が病気になったとしたら、きっと彼女らが率先して看病してくれることだろう。そう予想していたアヒムは、ドアを閉めるキルルの後ろ姿を見ても大して驚かなかったが、呼ばれたキルルは勢いよく振り返って息を呑んでいた。
「私は、どうして寝ているんだろうか。熱の所為かぼうっとして、思い出せなくて」
 よろよろしながらベッドの側へ歩いて来るなり、キルルは崩れ落ちる。
「よかっ、た」
「……どうして泣くんだい」
 ベッドの縁にすがりつくキルルの髪を撫でてやると、彼女は涙が溢れそうになるのを隠すように俯いてしまった。毛布に顔を埋める娘の髪を撫でながら、アヒムはふと違和感を覚えた。
 キルルはいつも身なりに気を遣っていた。しかし今日の彼女の髪は、まるで何日も梳いていないような……。ぎゅっと結ってある三つ編みも、随分ほつれてきている。
「キルル?」
 努めて優しく呼びかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。理由は分からないが泣いている。涙が止まるのを待って訳を聞いてやろうと思い、アヒムは黙って彼女の髪を撫で続ける。

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