天槍アネクドート
二十シピルと親子の話(10)
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「……ご心配下さってありがとうございます。でも、ユニカが私の所へ来てまだ四ヶ月です。遠慮するところがあっても仕方ないかなと思っています。必要ないと言うことは、これからいくらでも教えていけますよ」
 ハンカチで鼻水を拭ったマクダは、上目遣いにアヒムを見つめてくすりと笑った。
「嫌ねぇ、あたしより五つも下のくせに、どうしてそんなに人間出来ちゃってるんだい? もっと焦ったり悩んだりしなさいよ。むかつくねぇ」
「これでも日々悩んでいますよ。ユニカのことは、ご存知かもしれませんが、色々と事情があった子ですし、片親だけで良いのかという悩みは特に……」
「あら……それをあたしの前で言うってことは、ぜひ嫁に来てくれと言ってるのも同じよ……?」
 マクダは立ち上がると、苦笑からぎくりとした表情へと顔色が変わったアヒムの首に、素早く抱きついた。彼の膝の上に腰掛け、アヒムの黒髪に繊手を差し込んで、豊かな胸の膨らみに抱き込もうとする。
「い、言っていません……!」
 マクダの身体に腕を突っ張ることも出来ず、アヒムは首の筋力だけで彼女の腕の力に抵抗した。
「照れ屋さんねぇ。あたしならユニカの事情なんて気にしやしないわよ。卸商の跡継ぎとして育ててあげるよ」
「それは、ユニカがやってみたいと言うなら是非」
「じゃあ、あたしを奥方にしてくれるんだねぇ?」
「いえ、募集はしていませんので」
「ユニカにも母親が必要かもって、今言ってたじゃないか。さ、とりあえずユニカが帰ってくる前に既成事実を作っておこうかね……?」
「きっ、うぐ」
 言葉の攻防が、そのまま力の攻防にも影響を及ぼした。アヒムの力が弛んだ一瞬のうちに、マクダは彼の頭をぎゅむっと抱きしめた。アヒムが藻掻くのをやめるまで放さないつもりだ。窒息させてからゆっくり頂こうと言わんばかりである。
 しかし家の中にはもう一人人間がいたわけで。
「ちょっと! 何してんのよマクダ!!」
「あらん?」
 居間でマクダに無視されたキルルは、そのまま彼女の後をついてきていた。そして立ち聞きしていたようだ。悩みの相談なら立ち去った方が良いかと思いつつ、盗み聞きしていた自分の好奇心は素晴らしい、とキルルは思った。
 異変を感じてアヒムの部屋に突入した彼女は、マクダに掴みかかり、床に投げ飛ばす。
「痛ぁーい! 何すんだよこの馬鹿力小娘! ほんとに痛いわぁ、アヒムさん、手ぇ挫いちゃった。ちょっと診てよぉ」
「しつこい! 気色悪い! アヒムに触るんじゃないわよ! 出て行け三十路女!!」

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