天槍アネクドート
麗しきあめの下(1)
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 ゼートレーネでの暮らしにすっかり身体が慣れてきた頃。
 ユニカが数日の滞在延長を決めたとはいえ、もう十日もしないうちにここを発つ。
 ユニカがのんびり楽しく過ごしているのは一向に構わないのだが、その世話係としてついてきたエリュゼは帰り支度に取りかかかっていた。なんといっても貴族の旅行は荷物が多いし大人数での移動になる。カイと一緒に様々なことの段取りをせねばならない。
 そして今日は、ユニカは村から運ばれてきた織機を女達と一緒に囲んで機織りに夢中になっていた。世話を焼いてくれる人々が領主様に群がっているので、エリュゼも心置きなくほかの仕事に取り組めるというもの。
「お姉様」
 土産物の手配をするため、ユニカの交友関係を書きだして何を用意すべきか思案していたエリュゼを邪魔しに来たのは、妹のディディエンだった。
 ディディエンもユニカの侍女としてこの旅についてきたが、暇を持て余しているのは先述のエリュゼの事情と同じ。村人がユニカに構っている時は身を引いているのだ。
「外では伯爵≠セと言っているでしょう。そんな調子では人前で言い間違えるわ」
「今はお仕事中じゃないもの」
 ディディエンの要領のよさはエリュゼも信頼している。しかし、こういう年相応な甘えた顔をされると身内ゆえに頼りなくなる。
「わたしは仕事中よ。遊んであげられないの」
 困ったものだと思いながらペン先をインクに浸し、エリュゼは妹を追い払うことに決めた。ところが、冷たく言われてもディディエンは立ち去らない。それどころかなんだかうきうきした様子である。
「侯爵様が、お母様達へのお土産を買いたいっておっしゃっているの。一緒に買いものに行っていただけませんか、って」
「テナ侯爵が?」
 エリュゼはことさらに顔を顰めてみせた。そうしないと変な動揺が表情に表れてしまいそうだったからだ。
「なぜ侯爵がうちへの土産など用意なさるの」
「なぜって、お姉様、侯爵様と結婚すると決めたのでしょう?」
 姉が使っている机に身を乗り出すディディエンは目を輝かせていた。母や祖母同様、妹もクリスティアンのことを気に入っているらしい。
 それはクリスティアンが王太子領から戻った後、一応一番近くにいた家族への報告として彼と婚約することをディディエンに伝えた時によく分かった。「もう侯爵様のことをお兄様とお呼びしてもいいですか?」などと言われ、全力で止めねばならなかったくらいだ。
 ともあれ、クリスティアンの希望はなんとなく分かった。アマリアへ戻ったら早々にプラネルト伯爵家を再訪問したいのだろう。
 それを拒む者は伯爵家にはいない。エリュゼさえも、もう嫌だとはいわない。
 その時のための手土産選び……となれば、なるほど確かに、エリュゼやディディエンが相談に乗ってあげるべきだ。
「分かったわ。だけどディディエン、まだわたしと侯爵のことは人に言いふらしてはだめよ。こういうことは陛下にきちんとご報告してからのお披露目というのがものの順序で……」

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