天槍アネクドート
さいしょの贈りもの(12)
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 相手の家にはなるほど利用価値があるけれど、そこの娘と結婚するなんて。きっとやぼったい、堅苦しい娘が来るに決まっている。絶対に嫌だ。
 と、婚約の話が持ち上がった時、テオバルトはさんざん喚き散らした。もう七年は前のことだ。
 しかし、十八歳のテオバルトに父母の意向を退ける力はなく、顔も知らないヘルミーネと婚約することになった。
 婚約が成立しても気乗りしないことには変わりなかったので、新年の祝賀のために王都を訪れたヘルミーネと顔を合わせても、毎年最低限の挨拶を交わすだけで親しくなる努力もせず。様々な事情によって婚礼が今年まで延びたのも、テオバルトが何かと理由を見つけて先延ばしにしてきたからという一面がないでもない。
 その一連の話がヘルミーネの耳に入っていたとは。
 そりゃ、愛想の見せようもないだろう。初めから気に入られていないと分かっている男に嫁がされたのなら。
 絶句するテオバルトを黙って見上げていたヘルミーネは、やがて己の肩に置かれていた夫の手をやんわりと解いた。
「夕食を召し上がって、早くお休みになってください。まだ旅の初日ですから」
 他人事のように彼女は言い、無駄のない所作で踵を返す。
 今度こそ本当に拒否された。しかも嫌われることはとっくにしていて。ざっと血の気が引いていくのを感じた。
 それでも身体が動いたのは奇跡的だった。ヘルミーネが目を瞠って振り返っても、テオバルトの手は辛うじて彼女の細い腕を放り出さず、その場に引き留めることに成功した。
「あなたが聞いていた話は事実だ。……不愉快だっただろう。…………申しわけない」
「申しわけない、とは、何に対する謝罪でしょう。旦那様はご自分のお気持ちを述べられただけ。咎められることはなさっていません」
「……怒っているね」
「いいえ――だた、少し残念ではありますが」
 ヘルミーネの強張った頬ににじみ出すような笑みが浮かぶ。
 謝罪を突き返すような微笑にテオバルトは息が詰まった。
 彼女はとっくに夫と打ち解けることを諦めているらしい。でなければこんなふうには笑えまい。

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