天槍アネクドート
待春の夜(2)
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 この若い侍官との付き合いは、実はツェーザルより長い。なんといっても、死んだユグフェルトの息子が乳飲み子で、カミルもまだ少年といってよい歳の頃から王家に仕えてくれているからだ。
「王太子殿下よりお言伝を預かっております」
 作法こそ身体に染みついていてあやまつことはないのに、どうも頼りなさの抜けない青年だった。しかし身を挺して世継ぎを守ろうという気概はあるし、頼りなくても大きな失敗はしないあたりがいかにも無害で憎めない。
 そんなカミルを見守りたいような気持ちもあいまって、ユグフェルトはおおように頷き先を促した。
「今宵は七日ぶりの穏やかな夜、雪の晴れ間でもございますれば、陛下を東の宮にお招きして杯を交わしたいとのことでございます。おいでいただけますでしょうか」
 少々つっかえながらも伝言を終えると、カミルは子どものように期待のこもった目でユグフェルトを見つめてきた。伝言以上のことを王太子に言われたのだろうか。例えば、陛下が応じてくださればとても嬉しいんだけどな……とか。
 素直なカミルには、言外の感情を大変分かりやすい形で表現する便利な機能が備わっていることに王太子は気づいているようだ。
 お茶を一口すすってから、ユグフェルトは傍に佇むツェーザルを見上げた。
「よろしいでしょう」
 若い侍従長はにっこりと笑む。
 彼と顔を見合わせただけで今夜の予定が空いていることを確認すると、ユグフェルトは一言「参ろう」と言った。


 「雪の晴れ間」と王太子は言ったが、ユグフェルトが部屋を出る頃にはちらちらと粉雪が舞い始めた。薄い雲を布いた夜空は暗い灰色だ。王太子の饗応を受け終えて戻ろうという頃には、雪は本降りになっているかも知れない。あまりに天候が悪くなれば向こうで部屋を用意させよう。
 案内された部屋へ入ると、中ではこの宮の主人が待っていた。
 彼がユグフェルトの猶子となってからほとんど毎日欠かさず見ている顔だったが、今日のようにくつろいだ表情を見るのは久しぶりだった。無理もない、年が明けてから顔を合わせるのはいつも仕事場≠ナなのだから。

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