天槍のユニカ



冷たい夢(20)

「ヘルゲ、私がユニカを引き取った時に、みんなに約束してもらったはずだ。もちろん君にも」
「分かってるよ! でもな、」
「ユニカは普通の子供だ。この子の血が病や怪我を癒すことなんてない」
「頼むよアヒム。俺だって分かってるさ。ユニカはちょっと口べただが気の利くいい子供だ。痛い思いをさせるのは可哀想だって思うんだぜ? でも、もしかしたらユニカの血でレーナが目を覚ますかも知れないだろ? うまくいかなかったら俺だって諦める。だから今日だけ、少しだけでいい。ユニカの血をくれ! 試したいんだ」
 ユニカは声を殺して泣きながらアヒムに掴まる腕にぎゅっと力を込めた。
 血、血、その言葉が聞こえる度に心臓が縮こまって痛む。
 ヘルゲは神に祈るように胸の前で手を組みながら、アヒムたちの方へ近づいてきた。
 ナイフは両手の中に握られたままで、時折灯りを受けてきらりと輝く。その刃はヘルゲに取り憑いた執念そのものだ。
「止まりなさい」
 アヒムはヘルゲに向かって冷ややかに言い放った。これほど何かを拒絶する彼の表情を、後にも先にも見た者はいない。
 ヘルゲはその場で大人しく跪き、少し離れたところに佇む導師アヒムを仰ぎ見た。
「お願いです導師様。レーナを『神の娘』の血で救ってください。私の許へ妻を返してください」
「神の娘などここにはいないよ。君が傷つけたのは、ただの十にも満たない女の子だ。……これは罪に問われることだ。村長、自警団長を呼びましょう」
「アヒム!!」
「ヘルゲ、ちゃんとレーナさんを送るんだ。君がそんなことでは、レーナさんも、君の子の魂も神々の許へ還れない」
 ヘルゲは痙攣するように震え、泣き崩れた。そして狼の遠吠えのような声を上げて床を殴りつけ始める。
 床を伝ってくる振動に怯えるユニカを、アヒムが抱き上げた。
「恐かったね。大丈夫、ゆっくり息を吸ってごらん。次は吐いて」
 養父は優しく言ってくれるが、ユニカは思うように息さえ出来ない。しゃくり上げるのを止められずにアヒムの首にしがみつく。
「レーナは神様のところへなんか行かなくていいんだよ、ここにいて欲しいだけだ。それの何が悪い……俺はユニカを殺せって言ってるわけじゃねぇ!!」

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