天槍のユニカ



春の在り処は(8)

 視界の一部が花びらの色に塗りつぶされ、庭ではしゃぎ回っている子供達の姿が見えなくなった。
 目隠しという言葉の意味が分かったのは、ディルクの双つの目に自分の驚いた顔が映っていることに気づいたからだった。
 思わずぎゅっと目をつむる。先日の、唇に薔薇の花が押しつけられる感触を思い出すが――何秒待ってもどこにも何も触れてこない。
 鼻先でくすりと笑うのが聞こえたので恐る恐るまぶたを持ち上げると、ごく近くにあったディルクの気配もすっと離れた。
「逃げられないっていうのも調子が狂うよ」
「――!」
 ディルクが今度こそ肩を震わせて笑い出したので、一瞬の自失から抜け出たユニカは喉の奥で悲鳴が生まれるのを感じた。しかし、ここがどこであるかを忘れていなかったので辛うじて己の叫びを押し留める。
 代わりに、どうしてこんなに不意を突く真似ばかりしてくるのかとか、ユニカはぜんぜん面白くないのに笑うなとか、そういうディルクへの抗議の言葉も出てこなくなった。
 そんなことよりも恥ずかしくてたまらず、ユニカは身体を縮めて花束に顔を埋めるようにうつむく。
「おい、そこの二人」
 その直後、頭上から刺々しい声が降ってきた。
 驚いて振り返る。気配もなく背後に立っていたのはエリーアスだった。――なぜか赤ん坊を抱いているが、表情に朗らかさは微塵もない。
 いつからそこに、あるいは庭の様子が分かるところにいたのか不明だが、主にディルクに向けられるひんやりした視線はエリーアスが今し方の出来事を目撃していた証拠だろう。
「教会を逢い引きに使うとはいい度胸だな」
「そんなつもりはなかったのですが、それもいいですね。婚儀を行う縁起のよい場所ですし」
「残念ながら葬式も出来るんだぜ」
 ユニカの頭が真っ白になっているうちに、そんなやりとりが貼り付けたような笑顔のディルクと仮面の無表情のエリーアスの間で交わされる。ところが、エリーアスの抱いている赤子がむずかり始めたのでその場の空気がそれ以上冷たくなることはなかった。
「その子は?」

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