天槍のユニカ



冷たい夢(18)

「本当に覚えてないの? なんでだ! どうして覚えてない!?」
 初めはただ訝しげだったヘルゲもユニカと一緒にみるみる青ざめていった。そして、堪えきれなくなったように椅子を蹴倒してユニカに掴みかかってくる。
「わ、わからないわ……!」
 ヘルゲに掴まれた肩が砕かれるかと思うほど痛い。男の怒声が頭の奥までびりびりと響く。
「痛い……っ」
 呻いたユニカを投げ捨てるように突き飛ばし、ヘルゲは大きく肩で息をしながら立ちつくした。
「……フィギラたちが死んだあと――お前、しばらく表に出てこなかったな。ひと月、いや、ひと月半くらい」
 自分の肩を抱いて震えながら、ユニカはヘルゲを見上げた。
 彼は何を言っているんだろう。知らない、分からない。
 この恐怖が夢であることを願ってひたすら目を閉じる。ユニカはアヒムやキルルを呼んでいるつもりだったが、ひとつも声にならない。
「エリーアスも出入りしてた、いつも何か運んで……薬だって言ってたか……」
 ぶつぶつと呟いていたヘルゲは、床に転げ落ちていたナイフを拾い上げてじろりとユニカを睨んだ。
「アヒムの野郎、お前に何かしやがったな……」
 そう唸るや、ヘルゲは小さくなって震えていたユニカの腕を掴んだ。彼女が悲鳴を上げる前に口を塞ぎ、大蛇のような腕で羽交い締めにする。
「頼むよユニカ。何も覚えてねぇならそれでいいんだ。黙って血を分けてくれ、レーナを生き返らせてくれ!!」
 ヘルゲは抵抗していたユニカの腕にナイフを押し当てる。間髪容れずにすっと刃を引けば、ユニカの柔らかい肌は簡単に切れた。
 痛い、恐い!
 その気持ちが、ユニカの中で突然爆ぜる。
 パチン! と目の奥で青い光が弾けた。
 ぎゃっ、と響く短い悲鳴。
 ヘルゲの腕が弛み、ユニカは寝台から落ちる。考えるより早くユニカは扉へ向かって走っていた。
「待ってくれ! 待てって!」

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