冷たい夢(17)
「そうだな、あいつはしちゃいけねぇことをした時に怒る。都で揉まれて勉強してきて、それでもひねくれずにますます賢くなって帰ってきてよ。あいつの言うことはだいたい正しい。けど、正しいことを言われて困る奴もたまにいるもんなんだよ。例えば今日の俺とかさ」
ナイフを見たユニカは蒼白になった。
思わずヘルゲの後ろの扉が開いていることを確認する。何かされそうになったらあそこまで走っていけるだろうか。
「待ってくれ、別にいきなり刺したりしねぇよ。ユニカさえよけりゃ頼みてぇんだ。それならアヒムもいいって言うはずだ」
「何を、するの?」
拒んで逃げた方がいい。そう思いきろうとしていたユニカの心を、突然泣き出したヘルゲがくじいた。
彼はひとしきり肩を揺すって泣いたあと、涙をぬぐい、鼻をすすりながら小皿とナイフを差し出す。
「血を分けて欲しいんだ。その皿にちょっとでいい。一口で飲めるくらい。痛いかも知れねぇが頼むよ、ユニカ」
「――血?」
ユニカは意味が分からず、首を傾げる。
「何だよ、分かってんだろ。お前の血はすげぇ薬だ。もしかしたら、レーナの口に入れて飲ませりゃ生き返るかも知れない」
「薬? 生き返る?」
「お前の親は、血を売ってくれたもんだぜ。それで助かった病人や怪我人もこの村には大勢……」
呆けて見つめ返してくるユニカの様子を、ヘルゲは惚けているのだと思った。しかし、話を進めても彼女の反応は変わらない。
「お前、覚えてないのかよ」
「わたし、導師様に会う前のこと、知らなくて、」
血が、薬に? 血を売って 助かった病人や 村には
大きく瞠ったユニカの目からぼろりと大きな涙がこぼれた。
そのことにユニカ自身も驚く。わけも分からず恐ろしく、今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られる。
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