天槍のユニカ



冷たい夢(9)

「大した揺れじゃなかったからね。鍋を火にかける前でよかったよ。みんなも慣れてきたもんだ」
 ロヴェリー婦人は近隣の住民を指し示しながら息をついた。不安ではあるが、もう先日のような大きな揺れはないだろうと村人達は思い始めているのだ。ロヴェリーも落ち着いたもので、「もらったソーセージを分けてあげよう」などと言っている。
「明日の夕食のおかずが決まったわね」
 キルルも徐々に緊張が解けてきた様子で、ぼそりとそんなことを呟く。
 家の中に戻ったロヴェリー婦人が腸詰めを手にぶらさげて出てきたので、アヒムに促されたユニカがそれを受け取ろうと前に進み出た時だ。
「導師様!!」
 甲高い叫び声が聞こえた。一同は視線を巡らせ、東から少年が走ってくるのを見つけた。
 彼はアヒム達に気がついても止まる気配はなく、転がるような勢いで走りながらなおも叫ぶ。
「導師様! 今の揺れで、グローツ街道の手前のあの斜面≠ェ崩れたらしいんだ!!」
 途端にアヒムの顔が引き攣る。彼はキルルを腕から離すと、走って来た少年がアヒムの手前でくずおれそうになるのを受け止めた。
「ヘルゲの家は? 怪我人はいるかい?」
「わ、分かんない。導師様に知らせろって親父に言われて、走ってきただけで、み、見てないんだ」
 ぜいぜいと荒い息の間からそれだけ吐き出すと少年は大きく咳き込んだ。彼の背をさすってやりながらアヒムはユニカ達を振り返る。
「ロヴェリーさん、彼に水を。キルルとユニカは家に戻って。私はヘルゲの家に行ってくるから、もし五時までに帰ってこなければ二人で晩鐘を鳴らしてくれないか」
 アヒムが首にかけていた懐中時計を外してキルルに渡すと、緊張した面持ちで二人は教会堂の鐘楼を仰ぎ、ぎこちなく頷いた。


 二人は厨房に戻って黙々と調理を再開していた。キルルがシチューに入れる野菜の皮をむいて、ユニカが一口大にそれを切っていく。
「あんた、地震が怖くないの?」
「え?」


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