天槍のユニカ



冷たい夢(7)

 一瞬、キルルの鋭い視線がユニカに向けられた。目が合ってしまい、ユニカは肩をすくめてアヒムの法衣を掴む。
「この頃はよく一緒に寝るよ。まだ地震も続いているし、ユニカは風や雷の音が苦手で、心細くて眠れないこともあるって言うから」
 「ね?」と同意を求めつつアヒムはユニカの頭を撫でる。それを聞いたキルルが今度ははっきりとユニカを睨んだ。
「だめよそんなの! ユニカだってもう九つよ? 男の人と一緒に寝るなんて」
「男の人って……私はユニカの父親なんだから、そのくくりには入らないと思うけど」
「本当の親子じゃないもの! あたし、九歳の時にはもう好きなひともいたわ。ユニカだってそういう歳なんだから」
「ユニカにも好きな男の子がいるのかい?」
「もう、違うったら! そういう話じゃなくて」
 真っ赤になって怒るキルルの頭にもアヒムは優しく大きな手を乗せる。穏やかな眼差しで、けれどあまりに静かすぎる目で見つめられて、キルルはあえなく言葉を呑み込んだ。
「ユニカにそういう自覚が出てきたら、私達は自然と適度な距離を置くことが出来るようになるよ。でも今は、ユニカをただ包んで守ってあげることが親としての私の役目だから」
 さらさらと前髪を撫でられ、キルルは何度か口を空回りさせる。そして結局何も言わなかった。キルルの頬の赤みが見る間に引いていき、唇を噛んで調理台に向かった彼女は無言で夕飯作りに戻った。
「シチューを作ってくれるんだって? キルルも一緒に食べていくんだろう?」
「いいわ、自分のうちで食べる」
「そう……手伝うよ」
「うん……」
 キルルは、ユニカに焼きもちを焼いているらしい。これも大人たちから聞いた話である。
 笑い話だったから冗談だとも思ったが、キルルは時々強い敵意のこもった目でユニカを見る。
 普段はさばさばした面倒見のよいお姉さんなのに。そのキルルを変えてしまうのだから、「好き」という感情はちょっと恐い。

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