天槍のユニカ



救療の花(10)

 ディルクは返事をしないユニカをじっと見つめたが、新しい反応が返ってこないので再び彼女の足に唇を寄せる。
「やめて!」
 彼が触れる前に、ユニカはたまらず脚を払った。驚きのあまり激しく脈打つ胸を押さえ、跪いたままこちらを見上げる王太子から目を背けた。
「……分かりました。血は提供しましょう。でも医女をここに」
「ありがとう」
「えっ、な――!?」
 ディルクの香りが近づく、そう思った瞬間、ふわりと身体が浮き上がる。肩に掛かっていた毛布が滑り落ち、ユニカは抱え上げられたのだと気づいた。
「待って、何をするつもりなの!? 私は宮から出ないと言っているでしょう!」
「医女を連れてくる時間はないと私も言った。一緒に迎賓館まで来てもらう。フラレイ!」
「はいっ」
 嫌な予感が当たり、ユニカは頭のてっぺんからさっと血が降りていくのを感じた。
  迎賓館? 外郭ではないか。ここ一年内郭の外へほとんど出ていないユニカにとって外郭は異世界といってもいい場所だ。
 びくびくしながら様子を見守っていたフラレイは呼ばれるなり目を輝かせこちらへ駆け寄ってくる。ディルクに名前を覚えて貰えたのが嬉しいようだ。
「君の外套を貸してくれないか。それをユニカに羽織らせてくれ」
「はい、ただ今お持ちいたします!」
「ま、待ちなさいフラレイ! 持ってこなくていいわ。着替えくらいさせて。私、今から休むつもりで、薄着で、」
「大丈夫、侍官の制服は暖かいよ。向こうでもすぐに部屋を用意する」
「そういう問題じゃなくて」
「フラレイ、早く」
「はい!」
 控えの間に消える侍女を止めることも叶わず、ユニカは歯噛みしてディルクを睨んだ。ユニカに睨め付けられていると気がついた彼は、自分が抱えている娘を見下ろしにこりと笑う。
「……石鹸の匂いがしたが、風呂にでも入っていたのか?」
 足の甲に押しつけられる唇の感触を思い出し、ユニカは舌を空回りさせて真っ赤になった。それを肯定ととったディルクは喉の奥で笑い、フラレイが持ってきた外套を、とりあえずユニカの腹の上に乗せさせて部屋を出る。

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