ある少女の懺悔−火種−(19)
暗くなったマクダの表情は、どこかアヒムを責めるようでもあった。
「キルルも帰ってきてるよ。でもあの子、疲れたから自分のうちでさっさと寝るって行っちゃったし、アヒムさんも、気づいてる? キルルのこと一言も訊かないんだから」
しつこくアヒムの妻の座を狙うマクダがこの家に滞在する時、キルルも一緒に泊まっていくのが常だった。
食事の用意をするという名目だったが、本当は、幼い頃からアヒムを慕っていたキルルがマクダを警戒し牽制するためだ。
ところが今日は、いや、今日も彼女はアヒムの家に来ない。
それだけではない。以前はアヒムの家のことを手伝いたいから、ユニカの面倒を見てやらなくてはいけないからと言って、キルルが村の外にいる客のところへ仕事をしに行くことなど滅多になかった。よほど金になる客――貴族のご令嬢などがキルルを呼びつけた時には応じる程度で。
しかしこの頃は、所々にあるマクダの店や拠点の工房、客の許に出張する。つい最近も街で金持ちの娘のドレスを作り終え、数日家に戻ってまたマクダの店へ入った。
キルルの腕のよさは評判だったので、マクダとしてはいい稼ぎになりありがたいことだったが、これはある意味異常事態だった。
恋敵とはいえ、長年キルルとともに仕事をしてきたマクダは彼女の様子がおかしい原因にすぐ気づいた。
「もうずっとこんな状態じゃないか。何があったんだい?」
アヒムは苦笑するばかりで、マクダの問いに答える言葉を探し出せなかった。
「……あたしが言うのもなんだけど、あの子はアヒムさんのことがずっと好きだったんだよ。喧嘩したなら仲直りしてあげてよ。客の前では明るく振舞ってるけど、そうじゃない時は随分鬱ぎこんでるんだ。……あんなのはキルルじゃない」
あんなのはキルルじゃない。
唇を尖らせて言ったマクダの言葉は、ざくりと音を立てて胸に刺さる。
キルルを傷つけたことは分かっていた。けれどアヒムが大切に守ろうと思っていたものを壊した彼女のことは、どうしても許せない。
なのにこれほど胸を痛める資格が自分にはあるのだろうか。
たとえ許せなかったとしても、大切な妹のような存在だと思っていてもいいのだろうか。
でも、アヒムが悩んでいる以上に、キルルはさみしくて辛いはずだから。
「……ご心配をおかけしてすみません。そうですね、明日、キルルと話してみます」
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