天槍のユニカ



ある少女の懺悔−火種−(18)

 そう広くはない書斎にいたら慣れないマクダの香水と白粉のにおいで頭がくらくらしてきそうだったので、そろそろ夕食の用意を始めることを口実にアヒムは居間兼食堂へ行くことを提案した。
 しかしマクダの召使いとロヴェリーが料理をしてくれるので、アヒムがマクダから逃れることは出来なかった。
 お茶を運んで来たユニカも一緒に彼女に捕まり、サシェの刺繍の出来栄えを確認されている。
「うん、よしよし。袋を作るときは口にレースも縫い付けて、絹の紐で縛るんだよ。この調子で丁寧に作りな」
 どうやら商人の目にかなう出来だったらしい。ユニカは刺繍した布を箱にしまいながら照れくさそうに頷く。
 そして娘がその箱をしまうために居間を出て行くと、アヒムはすかさずマクダに尋ねた。
「ところでマクダさん、ジルダン領邦で病が流行っていることはご存知ですか」
 マクダは商人だ。貴族の客も持っていて顔が広いし、港へ輸入品の布を買い付けに行くと言っていたこともある。こういう危険を知らせる情報はすでに掴んでいるだろうとアヒムは考えた。
 そしてそれは正解だった。アヒムに問われたマクダは眉を曇らせる。
「ああ、ちらりとは聞いてるよ。見たこともない恐ろしい病だって。でも詳しいことはよく分からないんだ。どうも急に広がり始めたらしくて、『とにかくジルダンへ入る時は気をつけろ』って噂になってるだけさ。何? もしやこのお坊さんは、それをアヒムさんに伝えに来たのかい? 教会の中では何か連絡が回ってるの?」
「ええ。しかし教会でも、まだ流行の全容や原因の把握ができていない状態で……」
「それは困ったね……よく分からないというのが何より怖いよ。しばらくジルダンへ行く用事はないけど、組合の連中には情報を集めるように言ってみよう」
「助かります。何か分かった時は、近くの大きな教会堂へ行って私の名前を出してください。伝師が手紙を預かってくれますから」
「うん。……ねえ、疫病のことも気になるんだけどさ、キルルとはまだ喧嘩してるのかい?」
 アヒムの隣に座っていたマクダはぺたりと身体をくっつけてきた。ただ甘えたのではなく、声量を抑えるために。

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