天槍のユニカ



ある少女の懺悔−火種−(17)



 それからもうしばらく、アヒムは伝師が知っている限りの情報を聞き取り二人で状況を整理していた。
 そのうち風が涼しくなり、夕暮れも近い時間。アヒムの書斎の扉が叩かれた。
「どうぞ」
 ユニカかな、と思って返事をしたら、扉を開いたのは時折この村に現れる派手に着飾った女だった。
「お客様がいらっしゃるところ悪いねぇ、アヒムさん。でもご挨拶したくて」
「マ、マクダさん」
 分かりやすいしなをつくり、赤い紅をはいた唇で婉然と微笑んだ女はつかつかと書斎へ入って来て、驚く伝師に構わずアヒムと熱い抱擁を交わそうとした――が、アヒムはすかさず腰を上げ、身長差をいかしてさりげなくそれを拒んだ。
「こんにちは。今日もお泊まりですか?」
「そうだよ、そのつもりだったけど……もうお客様がいるようだし、うちの召使い達の部屋もあるかしらねぇ?」
 ブレイ村は小さな村だ。宿屋がないので、村を訪れた客人はたいてい教会堂の宿坊を兼ねたアヒムの家か村長の家に泊まる。
 この女――服飾商のマクダはブレイ村の女性たちに仕事を依頼するためちょくちょく顔を見せるし、宿泊先は必ずアヒムの家だ。そして連れてくる召使いはいつも三人。
「ええ、ご心配なく」
「そ、ありがたいよ。ついでに再会のキスもいただけるともっと嬉しいんだけど……」
「私は席を外しましょう……」
 マクダの艶っぽい声に何かを誤解したらしい伝師が腰を浮かせると、彼女と二人きりにされることを恐れたアヒムはすかさず伝師の腕を掴んだ。
「いえ、この方はただのお客様です。お構いなく……」
「ただの!? ひどい! あたしはアヒムさんの女房候補だろ!?」
「違います」
 アヒムがこんなに一生懸命拒否しなくてはいけないのはこの女くらいだ。毎度毎度きっぱりお断りしているのだが、マクダの中にはずっとアヒムの妻候補という自負がある。どうやったらそれが消滅するのか謎だ。

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