天槍のユニカ



ある少女の懺悔−火種−(3)

 生成り色の布にチクチクと糸を通していたユニカは、いったんそれを広げて自分が咲かせたラベンダーの花穂を眺めた。
「ユニカは本当に刺繍が上手ねぇ。まるで本物だよ」
 隣で一緒に刺繍をしていたロヴェリー夫人に褒められ、ユニカは嬉しくて口許がむずむずした。
 忙しいアヒムのために、この頃はしょっちゅうロヴェリーが家に来てくれていた。彼女は幼い頃に母親を亡くしたアヒムの母代わりでもあった人なので、この家の勝手はよく知っているし、ユニカが懐いている数少ない村人だ。
 まだ未完成の図柄を見られるのがちょっと恥ずかしかったので、ユニカは隠すようにしながら再び布に刺繍枠をはめる。
 次はこっちの花穂。濃い紫の糸を針に通し、黙々と作業を続ける。
 暖かくなってきたが、本物のラベンダーが花をつけるのはもう少し先だろう。茎の先にぷっくりした蕾が無数についている様を思い浮かべながら、今年もたくさんポプリにしようとユニカははりきっていた。
 今日刺している刺繍はそのポプリを入れる袋の柄だ。去年初めてこの袋とポプリでサシェを作ってみたところ、ブレイ村の女性たちに縫製や小物作りの仕事を持ってきてくれる服飾商のマクダが引き取って街で売ってきてくれた。
 「意外と評判がよかったから今年も作りなよ」と彼女から指示があったので、ユニカはせっせと小袋にする布にラベンダーの柄を入れている。
 開け放った窓からは爽やかな風が森の新緑の匂いを運んできて、小麦の穂には小さな小さな黄色い花もつき、蕪の葉っぱもふさふさと繁ってきた。
 ユニカは針仕事に勤しんでいたが、今年最初の収穫期を目前にして村人たちはみんな畑の世話に忙しそう。
 ブレイ村はいつも通りのどかで平和だった。
 ユニカと一緒に針仕事をしていたキルルが留守がちなくらいで、そのほかの何もかもがいつも通り。みんな、そのように振舞っている。
 そんな晩春を迎えている村の中を、蹄の音が軽やかに駆けてくるのが聞こえた気がした。ユニカは「あっ」と声をあげて窓辺に駆け寄る。
 教会堂へ繋がる開けた道をだく足で駆けてくる馬と馬上の人影を見るや、ユニカは急いで養父の書斎をノックしに行った。
「どうしたの、ユニカ。お客さん?」
「エリーが来ました」

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