ある少女の懺悔−火種−(1)
第6話 ある少女の懺悔−火種−
八年前の夏、シヴィロ王国の南部で猛威を振るった疫病は秋が来るまでに数万の人間を殺し、海運と豊富な水路によって栄えたジルダン、ビーレの両領邦に大打撃を与えた。
今日では両領邦の人も経済も復興を果たし、大港湾と穀倉地帯を繋ぐフロシュメー川やその支流には商船が絶えず行き来している。
そしてのどかさと豊かさの戻った王国南部は、強力で大規模な疫病の流行を教訓とし、王都アマリアに次ぐ医療の先進地域になった。
その中核を担ったのがペシラの大教会堂――パウルもその変革に携わっていたこともあり、彼にとっても、彼の弟子であるエリーアスにとっても、疫病の記憶は忘れ得るものではない。
「俺は聞きたくない」
冷たい声はユニカを叩くように響く。
恐る恐る声の主を見れば、エリーアスはじっと床を睨んでいる。彼の拳はかすかに震えているようだった。
「今さら何があったか知ったって、アヒムが生き返るわけでも村が元に戻るわけでもないだろ。話してどうするつもりなんだよ」
わずかに顔を上げた彼の前髪の間から見えた瞳は、養父と同じ深い森のような緑色だ。
血筋も心も近かった従兄を亡くして、それでもユニカが何も語ろうとしないことを責めなかったエリーアス。
彼があの夏の出来事を尋ねてこなかったのはどうしてか、ユニカにはずっと分かっていた。
「なんにも元に戻らないことは知ってるわ。エリーが聞きたくないことだって」
ユニカがそう言うと、エリーアスは肩を震わせた。そして途方に暮れた子供のように呆然と目を瞠る。固く結ばれていた拳は力を失って解けた。
「エリーは王妃様と一緒に村まで来てくれたのでしょう? だったら村がどんなふうに焼けていたのか見ているのよね。……村を見たなら、きっと分かったはずだわ」
エリーアスは何かを堪えるように唇を引き結び、やがてユニカから視線を逸らした。
ものを見る目に優れたエリーアスのことだ。村の状況を検分すれば勘づくことはたくさんあったに違いない。
例えば、ほとんどすべての者が生きたまま炎に巻かれて死んだこと。
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