天槍のユニカ



救療の花(7)

「君の血を得るために針を刺さなくてはならないことは、申し訳ないと思う。けれど、君の力を借りるしかないんだ」
 そして次に発せられた声音は、ぞくりとするほど冷淡なものだった。
「弟が毒を盛られた」
 ユニカも王太子と同じくらい冷ややかな視線を返した。
 ディルクの弟、つまり大公の息子であればその弟君は確かに要人であろう。毒を含まされ生命を脅かされているのなら一大事だ。しかし国にとって重要な人物≠数えればきりがない。
 国にとって≠ナはなくても、生命を軽んじられてよい人間はいない――だからユニカは誰を救うつもりもなかった。
 誰を助けて、誰を助けない。その選択はとても重い――重かった。
 だから二度と選ばないために、ユニカは全部を受け入れないと決めたのだ。今はただ一人、王を除いて。
「弟君を特別に助けなければいけない理由はありませんわ」
「理由はある。分かりやすく言おう。あれが死ねば、シヴィロとウゼロは敵対することになる」
「何故ですか。王家と大公家は、兄弟であり主従でしょう」
「国同士の関係には、骨肉の情も無償の忠誠もないものだよ。君が思っているほど両家の仲は安定していないんだ。兄弟や主従と表現すれば聞こえはいいが、国の後継者が訪問先で殺害されるような失態を許し合える仲ではない」
 ディルクは重々しく言うが、ユニカには政のことなどよく分からない。もともと口を出すつもりもないし、政治の大事が関わるならなおのことユニカは無関係でありたかった。
「お世継ぎが亡くなるのは大変な混乱のもとでしょうが、ならばそういう時にどうするのか、よく話し合い決めたことが国法に記されているでしょう。法があるなら、あとは大公家から国王陛下のご猶子になられた王太子殿下が両国を取り持てばよろしいのではありませんか?」
 この王太子の弟なら、まだ年若い少年だ。毒を盛られ重篤な状態だというなら気の毒だが、もしユニカが特別な力で彼の命を救ってしまえば政治の世界に手を出すことになる。
 毒を盛られたというからには、毒を盛った人間、つまり大公の跡継ぎを殺害しようと考えた者がいる。その人間にユニカが殺害計画を邪魔したと受け止められれば、ユニカとその人間、もしくは勢力が敵対することになりかねない。巻き込まれるのは御免だ。

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