天槍のユニカ



昔語りの門(10)

 いかにも難儀そうに言われると、ユニカは共感を覚えずにはいられなかった。そしてこんなに高い地位に昇った僧侶にもそんな悩みがあるのかと思うとちょっとおかしい。
 でも、そういう師の許にいるからエリーアスはエリーアスらしくいられるのだとも分かる。
「私のことはどうぞ『ユニカ』とお呼びください。父のお師匠様に『様』をつけて呼ばれるなんて、その、恐縮で……」
 ユニカはパウルに親しみを感じたままにそう言った。地位はあがってもこの老僧の心は昔のまま。ならば昔会った時のようにしてくれると思った。
 しかし、思いもかけず彼は首を横に振る。
「そうはいきません。あなたは今、王族の一人でいらっしゃる。この後はエルツェ公爵家の姫君になられるとも聞いております。つけねばならないけじめはあります。堅苦しくて、きつくてもね」
 優しいが、厳しい現実を教える言葉にユニカの胸がちくりと痛んだ。
 そうか、パウルは昔を懐かしんでくれても、昔に戻ろうとしてくれるわけではないのだ。
「こちらへの赴任は正直迷っていました。私は歳も歳、アマリアの教区には一度も拠点を置いたことがなく知った顔も少なかったものですから、億劫でしたし不安だったのです。しかし、あなたにまたお会いできるやもと思うとそちらの方が楽しみになってね」
 しゅんと視線が落ちていたユニカだったが、ゆっくりと足音を響かせながら呟く声に驚いて顔を上げる。
「まさか、それでこちらの導主様になることをお決めになったのですか?」
「ええ」
「そんな、お会いできなくても、お手紙だとか……」
「お会いできるならお会いしたい。私がそう決めただけのことです。だからこうして、美しく成長なさったあなたに手まで握っていただけて、今日は年甲斐もなく浮かれてしまっておりますよ」
 パウルは立ち止まり、彼の左手を預かっているユニカの手を愛おしげに見下ろした。
「なぜ……そこまで……?」
 ユニカの中にパウルの記憶はあったが、正直なところ、エリーアスに言われるまで懐かしんだこともない相手だった。
 養父の師であり、優しくて立派な方という思い出は子供の頃の心に残っていたが、それだけだ。王都へ来てからも一度も手紙をやりとりしなかった。

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