天槍のユニカ



昔語りの門(9)

「――はい」
 驚き、不満げに顔をしかめながらも、パウルが続けてそう言えばエリーアスは逆らえないらしい。心の中の舌打ちが聞こえんばかりの返事だったが、彼は頷いた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします、エリーアス伝師」
 ディルクは彼に背を向けたエリーアスに笑いかけ、そのまま、同じ笑みをユニカにも向けてきた。それから腰を上げる。
 ああ、そうか。「一緒にいる」と言ったから、ディルクは口実を探してくれたのか。
 触れずに、でも、静かに傍にいてくれるのだ。
 エリーアスに続く彼の背を見て、ユニカはそのことに思い当たった。
 そんなことをして、いったいディルクの何が報われるのだろう。ユニカは応えないと言っているのに。
 胸の端っこがそわりと揺れ動いたのを押し殺し、ユニカ達は部屋を出た。
 ヘルミーネらは本当についてこなかったので、ひんやりとした廊下を歩く靴音は四つだけになった。その歩みはパウルに合わせているのでひどくゆっくりだ。
 ディルクとエリーアスが先を歩き、窓から見える建物の屋根を頼りにあれはどういう棟だとか、庭にある彫像も僧侶が彫ったのだとか、ほとんど雑談に近い話を始める。そうして時々立ち止まり、パウルを支えながら歩いてくるユニカを待ってはまた歩き出す。
 内心はどうか分からないが、彼らの様子は目に見えてぎすぎすしてはいない。
 追いつく度にほっと胸をなで下ろしながら、ユニカはパウルの歩調を気にかけながら二人についていく。
 先導するエリーアスはどこへ向かっているのだろう。パウルから特に指示はないようだが。
「あなたとはただ昔懐かしい話をしたくてお呼びしたのですがね、歳を取るとどうしても周りから敬われるようになってしまいます。気を張らせてしまって申し訳ない」
 ユニカはパウルの言葉にうっと息を呑んだ。色々と気づかれていたらしい。
 足の悪いパウルがわざわざこの寒い廊下を歩こうと提案したのはユニカのためだろう。
「こちらこそお気を遣わせてしまって……申し訳ありません」
「いえいえ、よいのですよ。教会堂の中を見ていただきたかったのも本当です。ただ、貴族の方々の前では保たねばならない体面というものがあるものだから、私も、ユニカ様もね。ペシラの大教会堂はもっとおおらかでした。王都の堅苦しい空気は田舎者には少々きつい」

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