天槍のユニカ



救療の花(5)

(この声……)
 蝋燭の火の中に浮かび上がる金の髪と、湖水のような青と緑の混ざった瞳。思い出して、ユニカは無意識のうちに息を呑んだ。
 振り返ればエリュゼが扉に手をかけるところだ。しかしそれは彼女が触れるまでもなく勝手に開いた。
 目を瞠るエリュゼを押し退け寝室に踏み込んで来たのは、やはり王太子だった。
 彼の視線は真っ直ぐにユニカを捉え、そのままこちらへ歩み寄って来る――それに気がついたユニカは慌てて毛布を引き寄せ薄着の身体を隠した。
「お待ちください」
 隠れる場所もなく顔を伏せるユニカの視界の隅に、濃い緑のドレスが滑り込んできた。
「王太子殿下とお見受けいたします」
「……先日は見なかった顔だな。ここの侍女か?」
 叩頭していたエリュゼは問われるなり許しも得ずに顔を上げた。
「はい。どのようなご用件で西の宮へお越しになったのでしょう。いくら王太子殿下とはいえ、女性の寝室へ無断で入るなどあまりにご無体ではございませんか」
「それは分かっている。しかし急ぎの用だ。ユニカに頼みがある。ユニカ」
 名を呼ばれて顔を上げれば、エリュゼの背中越しにディルクと目が合った。青みがかった緑の瞳は、切羽詰まった様子で揺れている。
 その様子からも分かる。
「どなたかが急病でいらっしゃるのかしら」
 ユニカがうっすらと笑みを浮かべて見せれば彼の目許が引き攣った。
 ユニカに望める力など一つしかない。王が執着する、癒しの力を持つ血。
 王太子はそれを知っているのだ。
「私の血が必要で、ここへいらしたのでしょう?」
「そうだ」
 きっぱりと言い切ったディルクは今一度エリュゼを押し退け、ユニカとたった一歩の距離をおくだけのところまで歩み寄った。
「分かっているということは、君の血に宿る力も本物なのだな」
 ユニカはふっと鼻で笑い、ディルクから顔を背ける。
「陛下のご体調がお悪いのでしょう。でしたら、どうぞ。いくらでも血をお渡しするわ。でも道具を用意して医女をお連れになってください。私はこの宮から出ません」

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