天槍のユニカ



くれ惑い、ゆき迷い(4)

 アレシュもあんな真似をするとでも言うのかと思ったが、ディルクの返答は違っていた。
「君を、エルツェ公爵家の姫君を妻に迎えたいと望むことが出来る」
 今度はユニカがきょとんとする番だった。眉間にこもっていた力が驚きのあまり一瞬で消えてしまう。
「むしろ俺の方が不利だ。君はこの国では色々な謂われがあるから、君を王家から遠ざけたいと思っている貴族は多い。そこへトルイユが王家に縁のある姫君を欲しいと言ってきたら、君は王妃様の養女であったという経歴を持っているし、他国へやっても惜しくはない存在だ。それでトルイユとの関係が強化出来るならと、ブルシーク家の要求に応えたほうがよいという廷臣の方が多いさ。エルツェ公爵だって、君を差し出して何か利益を得られることにでもなれば、あっさりと君を嫁がせてしまいそうだし」
 今一つ現実的な話として聞こえてこなかったディルクの声だったが、最後の一言にユニカははっとなった。
 「エルツェ公爵なら、あっさりとユニカを嫁がせる」。そうかも知れない。ユニカを厄介者扱いして憚らない彼なら。
「でも、私には陛下との約束が――」
 言いさしたが、その先を続けられなかった。
 そうだ。王は、ユニカに行くところがあるなら出て行けばよいと言っていた。だったら、もしディルクが言うように貴族や他国から求婚されるようなことにでもなれば、王は約束を手放すかも知れない。
 彼にとって大切なのは、いつだってユニカより国のことだから。
「い、行かないわ。誰に何を言われたって、私は陛下の傍で――」
 王の傍に、王城にい続ける。本当に? 出来るだろうか、そんなことが。
 もう、ユニカの存在は人々に認められてしまった。王家からエルツェ公爵家へ引き取られることも発表された。王家に居場所はない。初めからずっとそうだったが、今は、ユニカを思い通りに動かそうと思えば公の力が通用する。
 エルツェ公爵と結ぶ親子の縁や、サロンで出会った女性達との縁。西の宮に隠れて暮らし続けたって、それらのしがらみはもうユニカに繋がっている。
 今になってアレシュと踊ってしまったことがとんでもない間違いに思えてきた。特に気に入られたようでもなかったが、もし万が一親しみを覚えられていたら、そして今後も関係が深まるようなことがあれば。
 トルイユの使者達は今しばらく王城の外郭に滞在していくらしい。その間、もう二度とあの青年には近づかないことにしよう。ユニカは青ざめながらそう誓う。

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