天槍のユニカ



両翼を成す子ら(17)

 マントを翻しディルクに向き直ると、ユグフェルトは持っていた杖で強かに床を打った。
「ならば、どうせよと言う」
 ディルクは立ち上がり、いら立つ王の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「ユニカなら、」
 王の瞳に激しい動揺が映る。
「『天槍の娘』の血なら、エイルリヒを救うことが出来るのではありませんか」
「……ならぬ」
「陛下! 国歩をかけてもそうおっしゃるのですか? たかが娘ひとり、それも数百の民を焼き殺した娘を、そこまで庇護されるのは何故ですか」
「よく知っているではないか」
 ディルクは緘黙して、認めた。ユニカを調べ上げて来たことを。
 それは何故かと問われればまだ答えるつもりはなかったが、王はそれ以上問うてこなかった。
「あの娘が犯した罪は、余の罪でもある」
「は……?」
「娘がよいと言うのであれば、力を借りるがよい」
 ユグフェルトの前では、常に天秤が揺れている。
 国、民、貴族、外交、さらにもっと細かく別れた世の中の出来事、ものごとが、その天秤の皿に乗って揺れている。
 王は、いつもそれらの重さを量らなくてはならない。
 選んで、棄て、選んでは、また棄てる。
 そうして棄てたものの中から這い出し、ユグフェルトを呪っているのがユニカだった。
 その彼女を、ユグフェルトはまた棄てる。国と彼女を秤にかけて。
 二人は黙ったまましばらく動かなかったが、やがて王の方が、先に王太子に背を向けた。
 急にしおれてしまった後ろ姿を怪訝に思いながら見送り、ディルクも迎賓館を出る。
 そして最寄りの厩舎――来賓たちの馬を預かっておく厩へ立ち寄り、鞍の乗っていた青毛の馬を引っ張り出した。するとそれを見た馬丁が慌てて止めにやってくる。
「お待ちを! お、王太子殿下? どちらへ……」
 ディルクがつけるサッシュで彼の身分を知った馬丁は、おろおろしながらもしっかりと馬の轡を押さえた。相手が誰であろうと勝手にこの馬を持ち出させる気はないという意思表示だ。

- 83 -


[しおりをはさむ]