両翼を成す子ら(18)
しかしディルクは構わない。
「この馬を借りる。急ぎ内郭へ戻らなくてはいけない」
外郭から西の宮まで戻るには長い階段と坂道が続いていた。自分の足で戻るのでは時間がかかりすぎるのだ。エイルリヒの身体を冒す毒がどれほどの早さで彼を死に至らしめるのか分からないというのに、時間を食ってはいられなかった。
「し、しかし、これはエリヤ子爵さまの」
「エリヤ子爵だな。よい馬だ。あとで礼をつけて返すと伝えておいてくれ」
「ええっ? うわぁっ」
馬丁を説得するつもりなど初めからなかったディルクは、鞍にまたがり馬腹を蹴る。
漆黒の巨体に押し退けられた馬丁はあっけなく転び、解放された青駒はディルクに従って厩を飛び出した。
(あの馬鹿、どこが最小限だ)
ディルクは馬を駆りながら、最初の門で着けていたサッシュを外して振りかざす。
そして王太子の紋章を認め門を開けた衛兵に上の門へも開門の信号を送るように指示を出した。
(ユニカが「嫌だ」と言ったら、お前は本当に死ぬぞ)
そうでなくても、ユニカの血に毒を消す力がある確証はない。
彼女には毒が通用しない――その噂から解毒に近い効力を推測できるだけだ。
これは多分、エイルリヒが言っていたユニカを表へ引きずり出すためのアイディア=B
危険すぎる賭けだった。
エイルリヒは己の肩にかかる国運ごと命を差し出し、誰もが必死になる状況を作り出したのだ。
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