天槍のユニカ



雨がやむとき(1)

第1話 雨がやむとき


 ドンジョンの宮を出る時、まだ針のような細かな雨が降っていた。
 ユニカは濡れた石畳にドレスの裾を引きずらないよう、軽く持ち上げて白い大理石の階(きざはし)を降りる。侍女達がそれを手伝い、たっぷりと長い裾はユニカが乗り込む輿にも無事収まった。
 雨をよけるためにさっと幕が下ろされ、ユニカの視界からは彼女を見送る王や、その側近であるわずかな貴族達の顔も消えた。
 青金のティアラをつけた正装で、ユニカは城を降りる旨を王に報告したところだ。
 もちろん必要な形式を整えるためだけの儀式。貴族達に見守られながら台本通りの台詞を唱え、王女≠ヘエルツェ公爵家へと向かう。
 これでユニカの籍がエルツェ家へ引き取られることが公式に確認され、王家を波立たせた問題が一つ解決することになった。
 けれどいつも以上にユニカの視線は焦点が定まらない。
 中指にはまった王家の指輪をゆっくりと回し、抜き取りたくても、それが亡き王妃からの借り物であるがゆえに抜き取ることの出来ないもどかしさに唇を噛む。
 本当はこれも棄てて逃げてもいい。王はユニカが出て行くというならそれで構わないと言った。だけどどこへも行けない。城の外に、ユニカが身を寄せられる人間なんていない。
 そう思い知り、王城での暮らしがどれほど温く心地よかったのかに気がついた。閉じこもっていることも許され、王を憎むことすら許され、飢えることも凍えることもなく、ただぼんやりしていてもユニカは生きていられた。
 そんなユニカの城≠壊したのはディルクだ。
 客人のように恭しく入ってきて、ユニカの心も揺り動かして、結局彼女の部屋をめちゃくちゃにしてくれた。もう出て行きたいと思うほどに。
 あれから謝罪も言い訳もない。
 やっぱり、もの珍しい娘を我が物にしておきたかっただけなのだろうか。王家の指輪を差し出しておきながら偽りを言ったのだろうか。どうしてもユニカが従わないなら、もういいのだろうか。
 ディルクがしているのと――差し出してくれたのと同じ指輪をくるくると回す。
 そうしている内に輿は外郭へとたどり着き、ユニカは迎賓館のひと間へ入って正装を解いた。そしてエルツェ公爵からの贈りもの≠ニ称して用意されたドレスに着替え、青金のティアラも外す。

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