空の器(15)
舌の裏にたまった唾液を飲み下し、ユニカは声が震えないように早口で問い詰めた。
しかし王は以前と――ユニカの血を棄てていることをディルクが暴いたあの日と同じように冷然と胸を張り、頑として答えない。そんな視線を返してくる。
「何故必要なくなったのですか」
「必要なくなったとは、言っていない。そなたはこれまで通り、余に対価を支払い、王城に居続ければよい。それはエルツェ家がそなたの後ろについても変わらぬこと」
ユニカが求める答えを決してよこそうとはしない王。彼が血を棄てていると知ったとき、ユニカには彼の真意がまるで分からなかった。
けれど今なら分かる気がした。
王族の身分を得たユニカ。しかしそれは虚ろの身分だ。ユニカという軽い器に、いくらでも貼り替えられるラベルだ。
器を満たしているものがあるとすれば、奇跡も災いも呼び寄せる癒しの血=B
それ以外に差し出せるものがないから、王は……。
「もし私が、もう陛下のお命はいらない、だから城を出て行くと言ったら、どうなさいますか」
「……ゆくところがあるのなら、そうするがよい」
予想していたとはいえ、ユニカはその答えに驚きを隠せなかった。
ユニカの血も必要ない、そしてユニカが「もういい」と言うのなら命を狙われる恐れもなくなる。王の返答は当然のものだった。
鉄のように揺るがないと思っていた約束。けれど、本当はこんなに脆いのか。頑ななのは、ユニカのほうだけなのか。
これではまるで対等ではなかった。
王が、ユニカに差し出せる唯一のものを受け取って形を整えているだけ。
王妃と同じ。彼も、ユニカに居場所を与えているだけ。
ユニカはゆらりと立ち上がった。
知りたくないことを知ってしまった、たくさん。
王を恨む以外にも道があることや、誰かから望まれていることや、自分は本当に空っぽで、今持っていると思っていたものも実は人から与えられていたものであることや。
人から手を差し伸べられることのあたたかさも、思い出してしまった。
このままここにいたら、立っていられなくなる。
「そうですか」
小さな灯火一つでは、立ち上がったユニカの顔を照らせていないだろう。それでよかった。とても人に見せられる顔ではない。
ユニカは音もなくテーブルを離れ、暗い階段を呆然としながら降りた。どうして踏み外さずに済んだのか分からない。そのままディディエンと合流し、まるで幽霊のように足音を立てずに来た道を戻る。
「ゆくところがあるのなら」。
あるわけがない。
この手は誰とも重ねることが出来ない。
そう知っていた。
なのに、何もかもに落胆している自分がいる。
自分が王とは対等になれない空っぽの器であること、結局エリーアスにも真実を告げられなかったこと、
ディルクからの求婚が、本物であるか分からなくなったこと。
みんな、いつか振り捨ててすべてを終えようと思っていたことであるだけに、ユニカにはどうしていいか分からなかった。
明日、自分は王城を降りる。
果たしてそのあと、もう一度ここへ戻ってこられるだろうか。
- 629 -
[しおりをはさむ]