天槍のユニカ



不協和音(6)

 ユニカの首筋を伝い、真珠のイヤリングをつけた耳朶をなぞり、その指先は結った髪に挿されたサファイアの髪留めに触れる。
 そしてその横に淡い紅を添える薔薇の花にも触れたのが分かった。ディルクが「あとで踊ろう」と言って渡してくれた薔薇、アレシュがそこに挿した薔薇だ。
 ディルクはユニカの髪からその薔薇を、まるで邪魔なものを退けるかのように淡々と抜き取った。捨てるとまではいかなくても無造作にテーブルの上に置き、驚くユニカの顔を至近距離からのぞき込んできた。
「なぜ薔薇をとるの……」
 訊くのも恐ろしい気がしたが、黙って見つめ合っているのも気まずい。ユニカは目前にある二粒の宝石から視線を逸らし、冷たくよどんだ部屋の隅の闇を見た。
「あの男が触ったものを君に持たせておけるわけがない」
「どうしてあの人が触ったと――」
「君が自分で髪に花を挿すはずがないだろう。レオや公爵夫人もいないのに、ほかの貴族と話すとも思えないし」
 責めるような口調に、ユニカはひたすら戸惑う。ディルクは明らかに気分を害しているが、理由は分からない。
 まず一つ、どうやら薔薇の扱いはまずかったらしいが、それくらいのことでこうも責められるのは心外だった。別になくしたわけでもなければ、むしろどこかの花瓶に戻そうとさえ思っていたのを手放さなかったのだから。それを知られるわけにはいかないけれど。
「手に持っていてはしおれてしまうからと、あの人は気を遣って下さっただけです」
「余所者に触られるくらいならしおれた方がましだった」
 思えばこれほど冷たい態度のディルクは初めてかもしれない。彼はいつでもユニカに対して譲ってくれていた。ユニカがどんなにがんぜない子供のような態度をとっても、宥めて受け入れ、時に強い態度をとってもそれはユニカのための叱責だったりした。
 しかし今日の彼は……まるでこれまでと立場が入れ替わったようだ。いや、入れ替わったというのには語弊がある。ユニカはこんなふうにディルクを追いつめたりはしていない。
「君と踊る約束をしていたのは俺だろう」
「そうですが……」
 それは事実だが、渡された薔薇は「最後の一曲をともに」と、そういう意味だったはずだ。
「最後の一曲の約束があったら、ほかの方からの誘いを受けてはいけなかったのですか」
「そうじゃない」
 不機嫌なまま理由を明かそうとはしないディルク。不安に覆われていたユニカの心にほんのわずかな苛立ちが芽生えた。
「やっぱりそうでしょう。殿下もほかの姫君と踊っていらしたのですから。花を贈るのは男女どちらからでもよいようですし、だったら、女の方だけが約束の曲を待っていなくてはならないというわけではないのでしょう。色々な相手と踊るのは貴族の方々の仕事のようだし」
「だが、君にはその責任を課していなかったはずだ」
 互いに睨み合う。ユニカがどんなに鋭い視線を投げかけても返ってきていた微笑みは、今はない。

- 605 -


[しおりをはさむ]