天槍のユニカ



はなびらの憂い(4)

「やっと見つけたわ! こんな隅っこに陣取ってたのね。あたしに会ってもくれずにこっそり帰ってしまったのかと思ったじゃない!」
 陽気で遠慮のない声が響き、ユニカは自分に視線が集まるのを感じた。そしてその視線の主達がそろそろと道を空けてゆく気配。
 ユニカが恐る恐る顔を上げると、少し離れたところでレオノーレが大輪の薔薇のように華やかな笑みを浮かべた。そして彼女のために用意された道を、姫君らしからぬ大股で歩いてくる。後ろに従えているのは公国の騎士だろう。
 あの夜の翌朝。一緒の寝台で眠っていたはずのレオノーレは、ユニカが目を覚ましたときにはもういなくなっていた。
 レオノーレは朝になれば出て行くと言っていたが、ゆっくり過ごしても大丈夫とも言っていたので、彼女が日の出前に立ち去ってしまったことにユニカは少なからず動揺した。やはり昨晩の話が、彼女の気に障ることだったのだろう、と。
 しかし今日のレオノーレに、あの夜の気まずさは少しも残っていない。呆気にとられながらもユニカは安堵している自分に気づいた。
「……こんばんは」
 自然と口許を弛めてしまったくらいなのに、そんなユニカを見たレオノーレは顔を顰める。
「よそよそしい挨拶をしないでよ、ユニカ。それより見て、この後ろの見張り。絶対にあたしから離れないって言うのよ」
「殿下が公女らしからぬ振る舞いをなさらぬようよく監督せよと、王太子殿下やヴィルヘルム団長から仰せつかっておりますので」
 レオノーレが毒づくと、彼女の後ろにいた若い礼装の騎士がすかさず頭を垂れた。柔らかそうな亜麻色の髪を一つに括ったなかなかの美男子である。優しい声色やものごしはその容姿によく似合っていたが、ただ一点、左の眉から目尻にかけてある傷痕がものものしい。
 けれどユニカと目が合った途端に騎士の表情はふわりとほころび、丁寧にお辞儀をされればあっという間に警戒心が解けてしまう。騎士の笑みにはそんな力があった。
「よく言うわ。誰のおかげでシヴィロに残れることになったと思ってるの。あたしがディルクを説得したからよ?」
「感謝しております」
「にやにやしながら言われたってちっとも気持ちが伝わってこないわ」
 レオノーレは騎士の美男ぶりなど歯牙にもかけず、ヘルミーネにも軽い挨拶をすると、ユニカが座っていたカウチの肘掛けに腰掛けた。
「この騎士についてはあとからディルクが説明するわ。でもとりあえず、あたしの部下のクリスティアンよ。この若さだけど、公国では侯爵位を持っているの」
 はぁ、と曖昧に頷くことしか出来ないユニカに騎士は再び笑いかけてくる。
「いくらクリスの顔がよくてもあんまり見つめちゃだめよ。ユニカに求婚しているのはディルクなんだから、クリスにユニカの気持ちを持って行かれたらディルクが可哀想だわ」
 しかしユニカが騎士に向けた視線を遮るようにしてレオノーレが囁いてきたので、それも内容が内容だったので、ユニカは瞬時に頬を引き攣らせた。

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