天槍のユニカ | ナノ



家族の事情U(9)

 怒りと不快感をあらわに昼食会の席を立った王の姿を思い出した。彼が感情の先立つ行動をとるなんて珍しい。そう思ったけれど、弟も二人の妻もたった一人の息子も亡くし、今や彼と直に血の繋がりがある肉親は公妃ハイデマリーと猶子に迎えた甥のディルクだけ。存在そのものが二人を蔑ろにすることへ結びつくレオノーレやエイルリヒ、彼らの父である大公その人に、王がわだかまりを抱えるのも無理はないのかも知れない。
 しかし彼は妹が犯した罪のこともよく分かっているはずだった。妹の過ちだけを見逃す甘さは彼にはない。
 だから多分、冷静になった王は何かを変えるだろう。国にとって正しい方へ。
 そんな正しい王の城に歪な約束を抱えて住み着いている自分の、なんて異質なこと。
 ユニカは溜息とともに目を瞑る。右腕に寄り添ってくるレオノーレの重みと体温はいつもそこにないもののはずなのに、なぜか安心した。沈みそうになった心を少しだけ軽くしてくれる。
「そうね、陛下は素晴らしい王だものね。分かって下さると思うわ」
 ユニカの腕にしがみついて呟くレオノーレの声は、あまり期待を含んでいないように聞こえる。何か言いさして唇を動かした気配もしたが、結局彼女は沈黙した。
 見上げる夜の中に、二人分の呼吸の音と雨混じりの雪が窓を撫でるさらさらという音が聞こえてくる。
「もう少し、さっきの話のことを訊いてもいいかしら」
「なぁに? まだ何か気になる?」
 レオノーレがユニカの肩にすり寄せていた顔をもたげる。しかし互いの表情は見えないので、すぐに枕へ戻っていく気配がした。香水のようにレオノーレにまとわりつく葡萄酒の香りが、怪訝そうなレオノーレの声と一緒に鼻先を掠めていった。
「殿下の本当の父君や、レオのお母さまはどうなさっているの……?」
 問うた途端訪れた静寂に凍った雨の音が響き、ユニカは固唾を呑む。やはり訊くべきではなかったろうか。
 でも、先ほどは語られなかったそのことがどうしても気がかりだった。レオノーレが言った犠牲≠ニいう言葉――それが誰のことを指すのか。
「母さまは元気よ。ハンネローレ城でエイルリヒと一緒に暮らしてるわ。でも、ハーラルトはディルクが生まれる前に死んだわ」
 やや置いて囁かれた答えに、ユニカは目を瞠った。問い返す言葉も出てこなかったが、レオノーレは先を教えてくれる。
「公式記録には病死と書いてあった。本当のところはどうなのか調べていないから分からないけど……。あの騎士にも、もっと華やかな道が用意されていたでしょうにね」
 王女の降嫁に随伴しなければ。公妃となった王女への想いを諦められていたら。王女に触れていなければ。
 レオノーレは明言しなかったが、ユニカの脳裡にはそんな言葉が思い浮かんでしまった。
 ディルクも自分の実の父の末路は知っていよう。そしてユニカに思いついたことを、彼が思いつかないはずがないだろう。
 仄暗い炎の影に、くずおれてゆく養父の背中を思い出した。
 犠牲=B生きている者の胸を抉る言葉だ。そしてなんてしっくりくる。

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