天槍のユニカ



家族の事情U(10)

 同じ痛みがディルクやレオノーレの胸にもあることを想像して、ユニカは唇を震わせながら深く息を吐く。
 それでも彼らは生きているのだ。前を向いて。
 似ているのかも、なんて思ったけれどやっぱり違った。ユニカは過去を見続けているから。自分のためだけに。
 春の温かさが容易には訪れないことを言い聞かせるように、凍った雨が窓を撫でている。再び横たわった沈黙は冷たかった。このまま夢に沈んで、その冷たい気配から逃れたい、とユニカは思った。
「あたしは、自分が紛いものの公女だと思ったことはないわ」
 しかし唐突に、レオノーレの声で冷ややかな静寂が震える。彼女はユニカとの間にあったわずかな隙間をすがるように埋めてくる。
「ハイデマリーの娘でなくても、あたしの父さまは間違いなくウゼロ大公エッカルトだし、あたしには公国のために軍を率いる力もあるわ。でも、きっと心の底では後ろめたいのよね、王女の娘でないっていうことが。だからそういう扱いをされるとぴりぴりしちゃうのよ」
 レオノーレの口調は、ユニカに話しかけているというより自分に言い聞かせているようだった。ユニカは真っ暗な虚空を見上げたまま黙って聞いていた。
「でも、あたしは血の繋がっていないディルクのことも、弟のエイルリヒのこともすきよ。誰がなんと言おうとあたしたちはきょうだい≠セもの。二人がシヴィロとウゼロの君主になるというなら、あたしも公女として二人を支えるわ。それで一度めちゃくちゃになったものを三人で元通りにするのよ。ううん、父さまや陛下の時代よりもっと素晴らしいものにする。だけど、」
 緊張感を孕みつつも熱っぽく、決意を込めて囁かれていたレオノーレの声が突然呪詛の響きに変わる。さらさら。硝子を撫でる凍った雨。
「そのために出来ることがシヴィロの男に嫁ぐことだなんて、まっぴらだわ」
 吐き棄てるなりユニカの腕にぎゅうっとしがみつき、レオノーレは手を解いた。そうして立って歩いているときと同じように俊敏な動きでユニカに背を向け、布団を被る。
「駄目ね、やっぱり喋りすぎ。聞かなかったことにして。昨日はお互い寝不足だったし、今日はたくさん寝ましょう」
 公女は闇の奥からくぐもった声で早口に語りかけてくる。隣で人が丸まる気配、布団の中で伝わってくるぬくもり。けれどその間に出来た隙間に冷ややかな雨雪の音が忍び込んでくるようだった。
「そうね……」
 不意に拒まれた気がして戸惑いながらも、ユニカは自分にも開けない心の蓋があることを思い出した。
 レオノーレは『天槍の娘』と呼ばれるユニカを気安く受け入れてくれたように見えたが、なかなか去ってゆかない冬の寒さをともに耐える相手ではないのだ、お互いに。
 ユニカもレオノーレに背を向けて、雨音から耳を塞ぐように布団を被り目を閉じた。






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