天槍のユニカ



家族の事情(13)

 なぜなら、エッカルトは未だにあの美しい王女に触れたことがないのだから。
 ――しかし
「妃殿下にご懐妊の兆しが見られます」
 なんの偶然か、どんな皮肉なのか。ヴィルマがエッカルトに妊娠を打ち明けた翌日、ハイデマリーを世話する侍女が大公とエッカルトにそう告げた。

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「王女は父さまに詰問されても答えなかったそうよ。だけど馬鹿な相手の男が名乗り出た。ここまで話せば相手が誰だか分かるわよね?」
 レオノーレは組んだ両手に顎を載せ、呆然としながら聞いているユニカ、そしてエリュゼを上目遣いに見遣る。答えを知っている公爵はもう興味がないようで、温くなった葡萄酒を杯の中でくるくると揺らしている。
「……誰? 分からないわ」
「本当?」
 話をきちんと順番に呑み込めていれば分かったのかも知れない。しかしユニカの頭は混乱でいっぱいいっぱいだ。
「ハーラルト・ブリュック。輿入れする王女にくっついてきた騎士よ。代替わりしたばかりのブリュック侯爵の、弟にあたるわ」
「どうして、その騎士が公妃さまと――?」
「変なことを聞くわね。ただ好き合っていたからでしょう。王女が公国へ嫁ぐずっと前からあの二人は恋仲だったんじゃないのかしら。周囲はそれを知らなかったそうだけど、そんなことがあり得るのかしらね? 王女さまとも、ハーラルトとも懇意にしていたはずのエルツェ公爵?」
 ユニカはレオノーレとともに、しどけない態度で話を聞き流している公爵を見る。すると彼はあからさまに目を逸らした。
「知っていたとしても、当時の私はまだ十九歳です。権勢を誇るブリュック女侯爵と賢明な国王陛下が諒承し合った随員の変更など、提案出来たとお思いですか?」
「本人たちを諫めることは出来たはずよ。少なくともハーラルトに随行を辞退するよう説得することは出来たわ。でもしなかった。そうでしょう」
 レオノーレの呵責の視線に耐えかね、しばしの間無言を貫いていた公爵は深く溜息をついた。手慰みに転がしていた杯も手放し、背筋を伸ばしてテーブルに向き合う。
「……知っていたらね、ハーラルトには忠告したかも知れない」
「知らなかったって言うの?」
 頷く公爵に自分を責めるような表情は見られない。けれどその目は仄暗かった。いつでも飄々として、当事者ではないところに座り、すべてを見通しているかのような彼が。
「ハーラルトの気持ちは知っていましたよ。マリー様にぞっこんでしたからね。でもマリー様はどうだろう……あの方は、自分が誰かに愛されていることが普通の方だった。だから誰に想いを寄せられても関心が薄かったというか。正直なところ、マリー様がハーラルトに特別な関心を持っていると思ったことはありませんでした。だから彼は一生マリー様に片思いをしていそうだと哀れんでいたほどで」

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