天槍のユニカ



傷口と鏡の裏U(9)

 いつも話を切り出すのは公爵夫人なので、ユニカは出された熱いお茶を大人しく啜っていた。普段はとても淡々とした口調で話す人なのに、貴婦人たちを前にしたときのヘルミーネは別人のようににこやかで、お淑やかな声色ながらよく話す。そのうち集まった女性たちの興味がユニカに向くよう巧く会話を誘導してくれるから、それまでユニカは待ちの姿勢でいることが常だった。が、今日はとても眠い。黙っていては舟をこぎ始めてしまいそうだ。そんなユニカの様子に気づいているのか、公爵夫人はちらりちらりと怪訝そうな視線を送ってくる。
「ごきげんよう、皆さん。すっかり寝坊してしまったわ、今から混ぜて頂いてもいいかしら?」
 だから今日は、レオノーレの乱入もありがたい騒ぎだった。
 来ないのかと思ったら、彼女は溌剌とした笑みをたたえ、彼女の分の椅子を持った侍女たちを従えて現れた。準備万端な公女を追い返すことなど出来るはずがない。ストーブを囲っていた女たちは少しずつ後ろへ下がり、レオノーレの椅子を置くスペースを空ける。彼女の席はお決まりで、ユニカの隣だ。
「毎日、夜遅くまでお忙しいのですね、公女さま」
「それほどでもありませんわ。昨日はクレマー伯爵夫人と遅くまでチェスやカードで遊んでいましたの」
「まあ、羨ましい! 今度はわたくしたちもお誘い下さい」
「いいわ、いつにしましょうか」
 今日もドレスの中に剣を忍ばせているのだろうか。ユニカは愛想良く貴婦人たちと話し始めるレオノーレの左脚を見つめた。外から見た分には、分からない。
「ユニカ様もご一緒にいかが? 明後日の夜ですってよ。予定はあるかしら?」
 いきなり顔を覗き込まれ、ユニカはひっと息を呑む。
「みんなでお酒を飲んでお菓子を食べてゲームをして夜更かしするの。このところ堅苦しい席に招かれてばかりでお疲れでしょう? 一緒に息抜きをしましょうよ」
 よく言う。昨晩思いっきり外で遊んできたばかりではないか。にやにやするレオノーレの顔を見てさすがにユニカもむっとしたが、断ることも肯くことも出来ずに公女とは反対の隣に座っていたヘルミーネの顔色を窺った。
「明明後日には、通例の所作とダンスの授業の予定がございます。前日に夜更かしはなさらない方がよろしいかと」
 それはユニカの代わりにレオノーレの誘いを断る文句だったが、後半は眠たそうでいつも以上に集中力を欠いているユニカに対する戒めだ。
「そぉ? 残念。ではいつか、陽も明るい内に一緒に遊びましょうね」
 その話題はそこで途切れたが、ヘルミーネの視線が横顔に刺さってきて痛い。何か彼女の勘に触れるものがあったのだろうか。ヘルミーネは急にユニカが夜更かししていた理由を推理し始めたように感じる。レオノーレはもうどこ吹く風だが、夫人の視線は公女と王家の姫君の間を行ったり来たり。変に緊張していた方があとから何かと訊かれそうだと思ったけれど、ユニカは肩に力が入ってどうしようもなかった。

- 542 -


[しおりをはさむ]