天槍のユニカ



幕間2(6)

 亜麻色の髪を一つに束ねた、なかなかの美男子である。左の眉の半ばから目尻にかけて、まだ新しい傷跡が残っているものの、それを除けばディルクよりも美しい顔立ちをしていると思う。
 彼の顔を見慣れたレオノーレは、そんな美男子と狭いところで二人きりになったからといって、特にときめきもしないけれど。
「先程、王家の近衛騎士からディルク様のお話を聞きました」
 よほどレオノーレの顔色が悪く気になったのか、彼は水とドライフルーツを馬車の中で差し出してきた。
「ディルクの話?」
 干し葡萄を口に入れながら、レオノーレは目を輝かせる。アマリアへ至るまでに、兄が近衛を、実質は王国のすべての兵を統率する大役に任じられたと何度も聞かされたが、詳しい彼の近況などは分からなかった。
 しかし今日の情報源は近衛騎士、これは直近のディルクの様子などが聞けそうである。
「今月の初めにお怪我をなさったそうです」
「怪我? 大丈夫なの? どういう状況で?」
「もう快復なさっています。騎士は言葉を濁していましたが、審問会で――国王陛下の御前で狼藉を働いた者がいたらしく、他数名に確かめたところ、外相が会場に兵を引き入れたと。その折に、女性を庇って矢傷を負われたそうです」
「女性? 審問会に女がいるかしら?」
 騎士は重々しく頷き、耳を貸すようにと手招きしてくる。二人きりだから意味が無い気もしたが、レオノーレは素直に身を乗り出した。
「『天槍の娘』が、王家の籍に入れられたという話です。審問会も、その娘に関わることだったとか」
 声も上げられずにただ目を丸くし、レオノーレは騎士を見つめる。
「『天槍の娘』なんて、ただの噂でしょう? 八年前の疫病を鎮めた女神の化身だとかなんとか、聞いたことはあるけれど」
 ややおいて彼女は鼻で笑い、座席に身体を投げ出すように座り直した。
 八年前、シヴィロ王国の南部で悪病が大流行したことはレオノーレも知っている。その収束後から数年間、まことしやかに囁かれていたのが『天槍の娘』の噂だ。しかし興味も無かった。
 疫病はどこでも発生するし、いずれ収束する。『天槍の娘』は、おぞましい記憶から生まれた一つのお伽話に決まっていると、レオノーレは考えていた。
 公女は興味を失ったようだが、騎士は気にせず更に続ける。
「エイルリヒ様が王城に逗留中、何者かに毒を含まされ、一時はお命が危うい状態だったそうです。しかし娘の癒しの血で快復なさったとも聞きました」
「毒? 聞いていないわ、そんな話」
 エイルリヒからは勿論、先の使節からも、何も。揉み消したな、と瞬時に思いつき、レオノーレは腹が立った。きっと王家側の提案に決まっている。
「本当に実在しているの? いったいどんな女なのよ」
「さて詳しくは……箝口令が敷かれているようで断片的にしか聞き出すことが出来ません。しかし王家に在籍しているならば、王城でお会いになるのでは」
「それもそうね」
 やがて辿り着いた城門前の広場に使節団の隊列が揃う。高い丘を丸ごと城壁で囲んだ王城エルメンヒルデを見上げながら、レオノーレは儀礼用の剣を腰に佩いた。
「単なる噂じゃないなら、是非話をしてみたいものだわ」





- 490 -


[しおりをはさむ]