天槍のユニカ



『娘』の真偽(8)

 ティアナの視線も気にせず、ディルクは真っ白になったユニカの頬に口づけを落とした。
「このあとの手当はどうする」
「傷の手当ては必要ありません。むしろこのまま観察するのもよいかと思います。ですが、傷は深いのですぐにお熱が出て辛くなるかと……そのお薬はご用意しようと思います」
「分かった、任せよう」
 ティアナはよけておいたシーツと毛布をユニカにかけてやり、自分の上着をその下からそっと抜き取った。
 ユニカに何か着せてやらなくてはと思ったが、ディルクがしばらくそこに居座るつもりと見えたので先に薬を取りに行くことにする。
「殿下のお着替えもご用意して参りますね」
 ディルクは頷くだけで返事もしない。しきりにユニカの髪や青ざめた頬を撫でている。ほくそ笑むその横顔は手にした駒をどこに運ぶか考えている時のそれだ。
「君は独りだな。誰にも守られていない」
 寝室を出ようとしていたティアナは振り返りかけるが、ディルクが眠るユニカに向けた独り言だと気がつき、そのまま部屋を出た。
「陛下はなぜ君を守らない? 不死を与えてくれるかも知れない大切な君を」
 この娘を快く思わない勢力は必ずある。彼らの不満は国王へ向けられることもあるだろうが、先ほどのようにこの娘に直接矛先が向くこともあるだろう。
 今上の王は賢君と名高く、亡きクレスツェンツ王妃とともに民にも人気があった。娘を王の唯一の汚点として排除したいと考えるまともな廷臣は多いはずだ。また国王に感じる不満をこの娘に向ける者もいるかも知れない。
 この部屋へ来る途中、西の宮を警護している兵は一人もいなかった。王城の内部ではあり得ないことだ。
 しかしユニカを守る者はいない。
 彼女に与えられたのは西の宮の片隅と、わずかの侍女。豪奢な暮らし、王からの贈りもの。
 彼女の生活は不自由のない贅沢なものに見えるが、安全が保証されているとは言い難かった。城内でユニカが孤立することについて、王は対策をとっていないように見える。
「君は王家にとってのなんなんだ? なぜここにいる? 一人きりで、何がしたい?」
 色を失ったユニカの唇を、ディルクはゆっくりと指でなぞった。血の色が戻り、熱を帯びたそれに触れられることを期待しながらそっと離れる。

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