天槍のユニカ



閉じる嘘の空(10)

「その通りだ。必要ない」
 耳の奥に、王の言葉はぼんやりと響く。会話の流れから予想していた言葉とはいえ、理解するのに少し時間がかかった。
 必要ない。
 ユニカは瞬きを忘れて王の横顔を凝視した。
「だったら、どうして……」
 自然と漏れ出た言葉は震える。一つの恐れが思い浮かんだからだった。
「どうして、血を採るために医女を寄越すのですか?」
「知れたことを。それが対価であるからだろう」
 王の傍で、王の世が終わるのを待ち、王の命を貰うための対価。
 どちらが望んだことなのかははっきりと判別出来ない。ただ互いに、そうして命を交換した約束。
 その約束が成り立つのは、ユニカの血と王の命、それぞれに望むものを差し出すと決めたからだ。
「いつから、私の血を飲まずに棄てていらっしゃるのですか?」
「……」
「それで良いのですか? 必要でも無い私の血など差し出させて、それで陛下は、本当に」
 私に殺されてもいいと仰るのですか。
 ディルクはともかく、ツェーザルやティアナの手前、ユニカは最後の言葉を呑み込まざるを得なかった。それでも王には、ユニカの言わんとすることが伝わったはずだ。
「くだらぬ話だ」
 しかし返ってきたのは、問いに対する答えではなく平生通りの単調な声。言葉通り、王はユニカの懸念を一蹴する。
「それが何だと言う。対価はそなたの血だ。支払うのが嫌になったとでも申すのか」
 そうではない。そんなことが言いたいのではない。ユニカは唇を噛みながら小さく首を左右に振ったが、自分の思いを伝える更なる言葉は出てこなかった。
 王はユニカの血に宿る力に執着し、ユニカを王城で囲っている。そうまことしやかに囁かれるのは、彼女の血を採りに来た医女や、それを見ていた侍官たちの口から噂が漏れていくからだ。
 その噂は、多少なりとも王の名誉を汚していた。
 己の欲のために王家の財で以て卑しい生まれの娘を養うなど、賢君には似合わない、馬鹿げた真似をなさっていると。
 それが王の治世にどれくらいの影響を及ぼしているのかユニカには想像も出来ない。
 けれど国のために生きる彼は、ユニカの血を得るために少なからぬリスクを負うことを選んでいる。
 彼に矛盾した行動をとらせるもの。それこそユニカの血に宿る執着でなくてはならないはずなのに。
「ディルク。そなたの役目は、この娘にかかずらうことではあるまい。チーゼルの一件に収拾をつけるよう急ぎ、公国の官吏と騎士たちを迎える準備をせよ」
「しかし陛下、」

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