ゆきどけの音(12)
だが、そうではなかった。土地そのものが消えるはずはなく、かつてブレイ村と呼ばれていた土地は、今も存在している。人は住んでいないらしいが。
導主によれば、疫病が収束した翌年から、クレスツェンツとビーレ領邦の太守が協力し、瓦礫と灰に覆われていた村をきれいに浚い、見つかった遺体と同じ数だけの墓標を建てたそうだ。以後は太守と教会が墓標を守り、村には凄惨を極めたあの日々の気配など残っていないという。穏やかに季節が過ぎ、またアヒムが遺した村での死亡者の記録を頼りに、その墓標の群を訪れる者もある。
そこは既に地獄の跡地ではない。
悲しみの埋まった土地ではあるけれど。
だからアヒムに会いに行ってはどうか、とパウル導主は言っている。
養父の遺骸は、焼け落ちたブレイ村の教会堂の跡地に、クレスツェンツが自ら葬ったそうだ。他のすべての骸が、触れるだけで崩れ去る炭になっていたにも関わらず、養父の遺体だけが村を焼き尽くした炎にも曝されず、炎天下においても腐敗一つなく残っていたらしい。
その傍にはユニカがいたのだとパウル導主は聞いたそうだが、当のユニカは何も覚えていなかった。
そしてもう一つ。現在、ブレイ村はビーレ太守の管理下にある。今後、ユニカがエルツェ公爵家に身を寄せるとエリーアスから聞いたので提案する。
村を、あなたの領地とし、守っていかれては如何か。
ブレイ村へ行く。領地にする。
なんだか上手く思考が働かない。どちらも途方もないことに思えて。
施療院の話以上に、遠い遠い遙かな先でちらつく言葉だ。
しかしユニカは、身体中を採寸されながらもぼんやりと、ブレイ村へゆく道程のことを考えていた。
何日くらいかかるのだろう。馬には乗れないから、馬車で行くのか。ロイエ街道をずっと南に行けばいいのだったろうか。あとで国土の地図を見てみようか。
養父がそこに眠っている。
公爵家の力があれば、ずっと彼の眠る場所を守ってあげられる?
いや、まだ考えられない。
まだ故郷へ帰ることも、養父に会いに行くことも赦されるはずがない。
それが出来るのは、復讐に決着をつけてからだ。
以前のように心が静かになった気がした。けれどどこか目が覚めたような気分でもある。
王との決着以外に望みが出来た。これはそういう感覚なのだろうか。
「なんだって!?」
隣室から聞こえてきた声に、ユニカは我に返る。声の主はエルツェ公爵だ。いつも飄々として台詞を読むように本心の見えない話し方しかしない彼が、あからさまに不機嫌そうにしている。
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