天槍のユニカ



ゆきどけの音(3)

 怪訝そうにはしたものの、ユニカは以前から使っていた――クレスツェンツが買ってくれた――お気に入りのカウチが日向に置いてあることに気がつき、まっすぐそこへ向かう。
 もともと住む場所には拘りがなかったので、奇妙に思いはするが、最後に見た前の部屋の散らかりようを思えば、家具を全部こちらに移す方が楽だったのだろう、そう考えたくらいだ。
「ここは代々、第一王女さまがお使いになっていたお部屋でございます。現在はユニカ様がその姫君に該当しますので、お部屋をこちらに移させて頂きました」
 しかし引っ越しはユニカが考えた以上の大事だった。少なくともユニカにとっては。
 エリュゼは得意げにそう言ってから、家具を運び入れる場所の確認をしにきた召使いに指示を出す。
「ちょっと、待って。私の王族の身分なんて仮初めのものだわ。直にエルツェ公爵家の世話にならなきゃいけないんでしょう。そんなことがある度に引っ越しをするつもり?」
「ユニカ様が公爵のご養女になられた後も、王家に姫君はいらっしゃいませんので、このお部屋を使っても構わない、と陛下からお許しを頂いております。新しいお部屋はいかがですか? 以前より広いですし、日当たりも良いですね。雪が溶けたらこちらの庭園は散策しがいがあるでしょう。手入れし直して貰わねば。噴水もしばらく水を止めてあったので雪に埋もれておりますが、春になったらまた水を引いて下さるそうですわ」
 エリュゼはユニカの質問を、聞いているような、いないような。どこか浮かれているのは間違いなく、彼女は窓辺へ寄って真っ白な庭園を見渡している。腑に落ちないユニカは、彼女の背中と雪の庭を交互に睨んだ。
 庭はシヴィロ王国の豪雪に埋もれ、かすかに雪がでこぼこしているだけで、どこに花壇があり噴水があるのかさっぱり分からない状態だった。そして以前暮らしていた部屋と違い、ここは城壁が遠い。寝室のバルコニーから城壁の下に広がる町並みを見下ろすのがなかなか好きだったのだが、ここではそれが見えそうもない。今は窓の外に楽しみがなかった。
「このお部屋は、かつて王太子殿下のお母上様がお使いになっていたのですよ」
「え?」
 声が上擦る。目の前に青緑色の瞳が現れた気がした。けれど気のせいだ。ユニカが息を呑んで大きく瞬いても、忙しなく家具が運び込まれる新しい部屋の風景があるだけだ。
 ユニカのほんのわずかな異変にエリュゼは気づかず、にこやかに召使いの作業を見回しながらカウチの傍へやって来た。
「最後にこのお部屋を使っていらしたのは、ウゼロ大公家に嫁がれた王女ハイデマリー様です。殿下の産みのお母上で、国王陛下の妹君にあたるお方です」
「ええ、お名前くらいは知っているわ」
 クレスツェンツから、王家と大公家の関係は聞いたことがあった。この二家の繋がりは両国の根幹にまつわるもので、平民でさえぼんやりと知っていることだろう。貴族の姻戚関係までは覚える気になれなかったが、当代のウゼロ大公妃が、当代のシヴィロ国王の妹であり、両家は極めて近しい関係にあるという直近の歴史的事実は、ユニカも勿論知っている。加えてその王女の産んだ大公家の長子が、次に王家を継ぐことになった。ここまで密な関係は、今までに無かったのではないかとユニカでさえ思う。

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