小鳥の羽ばたき(13)
「君が無事で良かった」
唇を離さないまま、くすぐるように囁く。するとやはり彼女は手を引っ込めようとしたが、ディルクはそれを赦さなかった。手は握ったまま、そっと毛布の上に下ろしてやる。
「殿下のお怪我は、重いと」
「気にしてくれたのか?」
「私が招いたことだと思います……外務卿を損なうことにもなり……」
ユニカには政治の話など分からないのだろうと思っていたが、処罰されるのが外務大臣であるということの重大さは知っているらしい。少し感心するが、それはもう解決することだ。
「チーゼルは君を王家に迎え入れるという陛下の決定に背いた。王に意見するため武器を手に取った時点で、彼はただの謀反人だよ。然るべき罰を与えるが、そこに君の責任なんて一つもない。私の怪我にしたってそうだ。彼が武器さえ手に取らなければ。そうじゃないか?」
「チーゼル卿が武器を取るきっかけになったのが、やはり私です。私は王城の中を乱しているわ。分かっているけれど、私はここで待ちたいのです」
「陛下との約束があるからか?」
ユニカはわずかに逡巡したあと、小さく頷いた。ディルクはつい口許が弛む。
憎む相手がいると、生きるためのエネルギーが生まれる。その相手がいなくなれば、あっけなく切れてしまう糸のような危うい力だ。それでも生きていける。胸に火が灯る。辛くても、何が何でも生きていこうと。
「何故お笑いになるの」
「君もそうなのだな、と思って」
怪訝な顔をされるのは当たり前だが、ディルクはそれ以上説明するつもりがなかった。
「殿下は、私と陛下の約束を知っても何も仰いませんね。何故ですか? 私を捕らえようとはお思いにならないのですか? 殿下は今、王家の剣を束ねるお役目に就いておいでだとエリュゼに聞きました。だったら……」
「今すぐ君が行動を起こすつもりなら考えるさ。太子とは言え、私はまだ国を導けるほどの力を持っていないからね。だが陛下も、君も、約束を果たすのは私に玉座が譲られてからと考えている。陛下がお役目を終えられたあとなら、お命をどう使われようと陛下の勝手かな、と。口を挟むなと言ったのは君だしな。すまないが横にならせて貰う。ちょっと目眩が……」
ユニカの表情がさっと曇る。ディルクの言葉に対しての反応、というよりは、具合の悪そうな彼を心配している風だ。ディルクは口で気にするなと言っているが、実のところ気にして欲しい。だからユニカのその顔色は大いに望むところだ。けれど目眩がするというのは演技ではなく本当だった。薬のせいだろう。
「これはご相談なのですが、いえ、お願いと申し上げた方がいいかも知れませんが、」
ユニカはクッションにもたれ掛かるディルクから目を反らし、歯切れ悪く切り出した。
「ようやく本題か?」
「……今回のことでは、殿下に大変助けて頂きましたし、まだご迷惑を掛けることになるとも思います。ですから、その借りを返させて頂きたいのです」
- 424 -
[しおりをはさむ]