天槍のユニカ



小鳥の羽ばたき(12)

「お呼びでしょうか」
「今、ユニカがいた気がするんだが」
「夕刻から、殿下がお目覚めになるのをずっとお待ちでした。それで、ご用は」
「……ルウェルに毛布をやってくれ」
「畏まりました」
 ティアナが部屋を出て行くと、再びユニカが現れた。ドアの縁から半分顔を見せているだけなので、表情は判別できない。
「入ってこないのか」
「……すぐお休みになるのでは」
「話くらいは出来るよ。こっちへおいで」
 薄暗いので、こちらの表情もユニカには見えていないのかも知れない。それでもディルクは努めて柔和に笑う。
 ユニカはしばし無反応だったが、やがて遠慮がちに寝室に入ってきた。ディルクの足下にいるルウェルに気がついて少し狼狽えたようだが、彼が寝ていることに気がつけば警戒を解く。
「暗くて立ったままだと顔が見えないんだ。座ってくれないか」
 手近なところに椅子が見当たらなかったので、ディルクはベッドの縁をぱたぱたと叩いた。するとユニカは首を振ったように見えた。そしておもむろに燭台に手をかざす。何をするのかと思ったら、次の瞬間ぱちんと青い光が弾けた。
 蝋燭の先に灯った炎がじんわりと大きくなってゆき、互いの顔を照らす。
「便利じゃないか」
「……こういうことだけは」
「不思議な力だ」
「……議場で、私の天槍をくらった兵士は、無事でしょうか」
「私が起きるのを待っていたのは、そんなことを訊くためか?」
「答えて下さい。……大切なことなのです」
 わずかに語気を強めたユニカの声は、言い切らない内に震えた。彼女はそれを隠すように視線を足下へ落とす。
「死者はいない。あれだけの騒ぎだったんだから、奇跡だな」
 ユニカがほうっと安堵の溜め息を吐いたのが分かった。彼女自身、隠すことも思いつかなかったのだろう。
「怖い思いをさせた」
「……!」
 ディルクはだらりと垂れ下がっていたユニカの左手を取る。
「殺されかけたんだ、怖かっただろう。殺しかけたことも……」
 反射的に振り払われそうになった手を、ディルクは力をこめて握った。そのまま強く引っ張ると、わずかに体勢を崩したユニカは、そのまますとんとベッドの縁に腰を下ろすことになる。
 息を呑むユニカの手をそのまま引き寄せ、ディルクは少し冷たい彼女の指先に唇を押し当てた。

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