天槍のユニカ



小鳥の羽ばたき(1)

第二話 小鳥の羽ばたき


「誰か来たの?」
 着替えを終えたユニカは、主室に集まる面々の顔を眺めて首を傾げた。思えば、彼女の過ごす部屋がこれほど賑やかなことは滅多にない。暇そうな公爵、ユニカの顔を見てほっとするエリュゼ、白薔薇を一輪弄びながら不機嫌そうなエリーアスに彼の従者。
「侍女のティアナが、今報せを持ってきました。殿下はお怪我の手当を終えられたそうです。お命に関わる傷ではないとのことですわ」
「そう、良かったわ……。エリー、その花はなに?」
 ユニカは安堵しながらも、出来るだけ無関心を装って話題を変えた。彼が持っている白い薔薇は、この部屋に飾ってあった覚えのないものだ。何やらリボンも結んである。
「別に。なんでもねぇよ」
 彼はおもむろに振り返ると、その花を暖炉に投げ込もうとした。するとエリュゼが悲鳴を上げてそれを止め、エリーアスの手から薔薇の花をもぎ取る。彼は面白くなさそうに、そして隠すことなく舌打ちした。
「キザ野郎め」
「何の話?」
「王太子殿下からのお見舞いのお花です。何も心配はいらないと言うところでしょうか。どうぞ」
「そう……」
 ユニカは薔薇を受け取りながら席に着いた。切ってきたばかりなのだろう。瑞々しい花弁の間に鼻先を寄せてみると、甘く爽やかな香りがする。しかし心配はいらないと言われてもそうはいかない。手当は終わったと言っても、王太子は怪我を負ったのだ。
 そしてユニカを殺そうとしたのはチーゼル外務卿。彼がユニカのことをよく思っていなかったことは、何度か偶然に姿を見かける度、激しい敵意をもって睨み付けられていたので知っていたが、まさかこれほどの騒ぎを起こすとは思わなかった。彼はシヴィロ王国の外務大臣。国王に信任されてその地位に就いている期間は決して短くはない。少なくともユニカが城へやって来た時、彼は既に大臣だった。その重臣が、王府から欠ける。政治に疎いユニカでも、それが大変なことだとは分かる。
 どのくらい大変なことか……それは想像がつかないが、少なくとも彼が朝廷から排斥される背景については、様々な尾ひれを付けて人々の唇から唇を渡り歩くだろう。それは取りも直さず、ユニカのことが人々の間で語りぐさになるということだった。これでは、どこにも隠れることなど出来ない。いない振りをするのが難しくなる予感があって、ユニカは喉の奥に石でも詰まったかのような痛みを覚えた。
「この本は?」
「これも、ティアナが置いていったものです。差し上げることは出来ませんが、ユニカ様にお渡し下さいと。ユニカ様には、これが何かお分かりになるだろうとも言っていましたが、お心当たりが?」
 そう言うエリュゼは少し警戒している。今回の騒ぎの発端は、贈り主がはっきりしないものをユニカが受け取ってしまったことと言っても良い。ユニカに心当たりがなければ、彼女はこれをティアナに突き返すつもりなのだろう。そして残念ながら、ユニカにはこれがなんなのかさっぱり分からなかった。

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