無価値な涙の跡(16)
「ローデリヒ・ブレンナイス」
そして、ディルクの標的はあくまでローデリヒだった。
テリエナは、恐らくユニカを排除しようとする勢力の中枢たる人物を知らないだろう。捕縛されてからずっと怯えてめそめそ泣き、あっさりとユニカに毒を盛ったことやブーケを運んだことを認めた。つまり、命をかけて守る秘密も持っていないと考えていい。彼女は最末端の駒だろう。
それに比べ、ローデリヒには勢力の横の結びつきをある程度把握している気配がある。締め上げるなら彼の方だ。
手立てが整ったら敵の攻略に時間はかけない。
「卿の復讐などただの幻だ。それでもまだ、秘密を秘密のままにしておくか? ならば、その対価は卿の息子の命で支払ってもらう」
血が滲むほど唇を噛みしめディルクを睨み付けていたローデリヒだが、彼はやがて力なく項垂れた。
* * *
同僚と思しき騎士に付き添われて、息子を抱いた夫が応接間へ入ってきた。ここは近衛隊の兵舎だ。
王太子のフィドルの指南役として登城するように言われ、城に着くや否や息子と引き離されたエリカ・ブレンナイスは、ただ不安にさいなまれながら待っているしかなかった。
そんな彼女はようやくほっと息をつく。
「ロー、ヴィーラ」
けがをしたと聞いた夫の顔色はやはり悪かったが、それでもエリカは嬉しかった。駆け寄り、息子ヴィーラントを夫から受け取りながら彼を見上げる。
「けがをしたって聞いたわ……まだ熱があるのね」
本当なら夫は一昨日帰宅し、昨日には父共々、地方領へ引き上げる予定だった。しかし夫の顔色を見ると帰宅できなかった理由も分かる。首を横に走る赤い痕――まるで何かで絞めたような痕があるのは気になったが、しばらく療養が必要な様子には違いない。
一緒にやって来た騎士も左肩にけがをしているようだ。城内で何かあったのだろうか。
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