天槍のユニカ



幕間−1−(2)

 白金色に輝いていた胸甲は返り血に染まり、さっき槍で頭を殴られたときに兜もどこかへ吹っ飛んでいったのでなくしてしまった。髪に浴びた血が染みる。他人の血だ。気持ち悪い。じっとしていたら吐きそうだ。
 友軍の兵に迫っていた槍の穂先を叩き折り、その兵の礼も聞かないままディルクは馬を駆った。
 手綱を握る手も剣を握る手も熱い。力が入っているのかも分からない。興奮の針はとうに振り切れ、ディルクは疲労していることすら忘れてしまっている。辛うじて敵を察知する感覚だけが残り、流れ矢と不意に突き出される剣先や槍の穂先を動物的な勘で避けているのみだ。
 ルウェルを見つけられなかったら、死ぬかもしれないな。
 血と泥と肉片が宙に飛び散る中を駆けながら、他人事のようにそう思う。
 その時、前方からディルクをめがけて一直線に矢が放たれた。
 距離と風を測り、鈍く光る鉄の鏃に手が届くその寸前で剣を振り上げ矢柄を真っ二つに――いやだめだ、この矢は避けなければ……!
 ディルクが矢柄に括り付けられた小さな麻袋に気付いたのは、剣を振り抜いた瞬間だった。パン! と小気味良い音を立てて矢柄は折れ、ディルクの剣が麻袋を引き裂いた。その瞬間、真っ白な粉がふわりと周囲に舞い散る。
「――!」
 上体を捻ったがまともにその粉の中に突っ込んでしまう。目をつむるがそれも遅い。まぶたの中を刺すような痛みが襲った。馬も同様に痛みを感じたのか、怯えて棹立ちに嘶き、ディルクはあえなく振り落とされた。
 受身は取ったが剣は落とした。まだ空中に残っていた粉を吸い込んでしまいかっと喉が灼ける。咳き込むほどにこれを吸うことになる。どうにか息を止めて口を塞ぎ、手近に落ちていた剣を拾おうとしたところで背後に殺気を感じた。
 鐘が割れるような音、そして左肩を襲った衝撃に吹き飛ばされる。直後にほとばしった激痛は声もあげられないほどだ。
「ウゼロ大公の長子、ディルク・ヴェッツェル殿だな」
 軍馬に荒らされた大地に倒れ伏すディルクの背を誰かが踏みつける。視界は止まらない涙でぼやけほとんど見えないが、トルイユ兵に囲まれているようだ。
 左肩から鎧の中にどろりと血が流れていくのが分かった。まさか左腕を斬り落とされたのかと思ったが、指先の感覚は痛みの中にほんの少し残っていた。ほっとしていいのか、この状況を思えば絶望したほうがいいのか。

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