天槍のユニカ


幕間−1−(1)

 どこかで矢羽が風を切る音がした。

 ぼんやりしていた思考の片隅が一瞬で刃物のように研ぎ澄まされる。剣を振り上げ、背後に迫っていた矢を払い落とす。
 
 いくつもの矢が、ひゅんひゅんと鳴きながら身体をかすめる寸前のところを飛んでいった。その矢の出どころ――いしゆみを構えた敵兵を見つけると、ディルクは淡々と馬腹を蹴る。
 血脂ちあぶらで斬れなくなった剣を振りかざし、最初の兵をひづめにかけ、背を向けて逃げ出したもう一人の首を刺し貫いて、彼は重たい溜め息をついた。
 
 あたりは殺戮さつりくの海だった。あちこちで血飛沫が上がり、怒号と断末魔の叫びと狂暴な馬のいななきが響いている。
 鼻はとうに麻痺し、血と泥の匂いはもう感じない。絵の具のように撒き散らされる血飛沫も、そこかしこで内臓をはみ出させて死んでいる兵のむくろも、すでに色を持っていなかった。
 
 すべてが灰色。灰色に麻痺した死の海。
 
(ルウェルは……)
 
 朦朧もうろうとする意識をどうにか保たせ、ディルクはその灰色の中に幼馴染の姿を捜した。誰もが血塗れの鎧と兜を身につけて殺戮に耽っているので、この中にルウェルが混じっていても見つけ出せるかどうか。
 
 自分が所属するテナ将軍の部隊がどこに本陣を置いているのかだけは覚えていた。ディルクの視線はゆるゆるとそちらを見据える。土煙りの向こうにスミレの紋章の旗は見えないが、養父の部隊はあちらだ。
 でも、退却を命じるラッパはまだ鳴らない。命令もないのに退却するわけにはいかなかった。ディルクは再び敵陣に向けて馬首を巡らす。
 
 ルウェルを捜しながら、もう何人か殺していこう。
 
 斬れなくなった剣を握り直す。出撃から何時間経ったのだろうか。激突した陣は両軍ともすでに崩れ、その崩れた陣に押しつぶされるように兵士たちは戦っていた。
 
 予想以上の混戦だった。ルウェルから決して離れてはいけないと養父に言われていたのだが、幼馴染の姿はあっという間に消えてしまった。
 それでもどうにか向かってくる敵兵を――どうやったかは覚えていないが――殺し続け、ディルクは生き延びていた。

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